2021年3月17日 (水)

丸善丸の内店で大竹英洋写真集フェア!

丸善丸の内の写真集コーナーで大竹英洋さんのフェアが始まっています。
(~3月30日)
 
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棚の奥のポスターには、中央区立環境情報センターで展示中の「絶滅したオオカミの謎を探る」展も紹介していただいています。
3月27日の大竹さんのスライドトークは満席なのですが(コロナ対策で定員が設けられているため)、終了後にサイン会を行いますので、丸善で購入して駆けつけるという手もあります。
丸善は丸の内店も多摩センター店もオオカミ関連本を辛抱強く置いていただいていて、私たちの本も理系の棚に行くと必ずありますので、そちらもぜひ覗いてください。

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2021年3月11日 (木)

ヤマイヌ考~ヤマイヌはオオカミではなくイヌだった


【論考】ヤマイヌ考~ヤマイヌ=オオカミという常識を疑う

をホームページに掲載し、ダウンロードできるようにしました。
ヤマイヌと呼ばれた動物はニホンオオカミと同一だとされて、今や誰も疑おうとしないようですが、あらゆる材料がヤマイヌは犬でオオカミとは別の動物だと指し示しています。

2021年3月 9日 (火)

【大竹英洋スライドトーク】開催!

     満員御礼!
参加お申込みが定員に達したため、締め切らせていただきます。
多数のお申し込み、ありがとうございました。
2月16日から開催する「絶滅したオオカミの謎を探る」展の
展示期間最終土曜日に、写真家大竹英洋さんの講演を予定しています。

大竹さんのプロフィールはこちら
1975年京都府舞鶴市生まれ。東京都世田谷区育ち。一橋大学社会学部卒業。「オオカミを写真に撮りたい!」という動機から1999年に北米国の湖水地方「ノースウッズ」に旅立ち、そこをフィールドに野生動物、旅、人々の暮らしを撮影。人間と自然とのつながりを問う作品を制作し、国内外の新聞、雑誌、写真絵本で発表している。主な写真絵本に『ノースウッズの森で』(「たくさんのふしぎ傑作集」)、『春をさがして カヌーの旅』(「たくさんのふしぎ」2006年4月号)、『もりのどうぶつ』(「こどものとも 0.1.2.」2009年12月号)(以上、すべて福音館書店)などがある。また、2011年3月NHK BSの自然ドキュメンタリー番組「ワイルドライフ」に案内人として出演。写真家をめざした経緯とノースウッズへの初めての旅を綴ったノンフィクション『そして、ぼくは旅に出た。――はじまりの森ノースウッズ』で第7回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞。2018年「日経ナショナルジオグラフィック写真賞 ネイチャー部門最優秀賞」受賞。


【大竹英洋スライドトーク】開催!
 
「北米ノースウッズにオオカミを探して」
北アメリカ大陸北部に広がる湖水地方「ノースウッズ」を旅して20年。野生動物たちと
の出会いのエピソードを、北国の四季に沿って写真や動画とともに語ります。

日時:2021年3月27日(土)
会場:中央区立環境情報センター研修室 定員45名 
入場無料
主催:狼と森の研究所
 
定員がありますので下記の方法でお申し込みください。
お申し込み:
メール wolfwars@outlook.jp
FAX 042‐403‐5863
 
必要事項(コロナ事態が万が一の場合ウェブ開催の可能性もありますので、ご連絡先をお教えください)
お名前
参加人数
電話番号
メールアドレス
※講演終了時にサイン会がございます。会場で書籍の販売はしておりませんので、事前に購入された書籍をお持ちください。
(3月中旬より会場近くの丸善・丸の内本店では写真集売り場に大竹の著作を集めた棚ができる予定です!)

2021年2月15日 (月)

里山と産業と村おこし~里山は二次産業の集積地?

里山とはという定義はあいまいですが、「農家が裏山を薪炭のため、肥料のために利用し、また自然が人間の耕す田畑によい影響を与え、この地帯で生物多様性も高くなる」というあたりが一般的なイメージだと思われます。

農家は自らの田畑や生活のために背後にある自然から薪炭を切り出し、刈敷や草肥を採集して田畑に投入し、持続可能な生活を続けてきたとイメージづけされ、SATOYAMAは今後の持続可能な社会を実現するための重要なコンセプトだと日本の環境省から発信しているキーワードでもあります。

 

しかし、太田猛彦「森林飽和」やタットマン「日本人は森林をどのようにつくってきたのか」ほかの森林の歴史を詳述した書籍によれば、江戸時代以降の日本の山は8割がたはげ山であり、森林は徹底的に収奪されてきたということがわかります。持続可能な生活とは程遠い姿です。資源は森林だけだったからです。

背後に豊かな森林を擁した里山イメージは高度成長期以降のわずかな期間に現れた、長い歴史からみれば瞬間的な事象にすぎないのではないか、と私は疑問をもつようになりました。

 

その良いイメージの里山観を背景に展開されているのが農村再生、村おこし事業です。昔は農山村が持続的な生活文化をもち、住民たちは精神的に豊かな暮らしをしていた、その文化を取り戻し、再び農山村を活性化しよう、というものです。少し大雑把すぎるかもしれませんが、このような論調が主流だと思われます。

 

しかし、歴史をもう少し俯瞰的に見れば、鎖国していた江戸時代を通じて産業はすべて国内資源を利用していますし、その資源はほとんど森林から得られるものでした。森林を使い尽くす勢いだったのです。

現代に生きる私たちは様々な道具類を何も考えずに使っていますが、江戸時代に生きる庶民、都市生活者の使う生活用具など様々な製品は誰が作り、どこから調達したものだったのでしょうか。

 

そうした例を列挙してみましょう。

薪炭はもちろん農家だけでなく都市住民も必要としていましたし、建材、家具、食器(木の器や箸など)は木材そのものを資源としています。陶磁器は大量の燃料を必要とし、和紙もまた木を加工したものであり、漆器の材料漆もまた山のものです。養蚕が盛んだった地域は桑の木を大量に必要としました。照明は蝋燭であり、櫨(はぜ)の実から搾り、固めたものですし、油は菜種油で行灯は木と和紙で作られています。日常の履物であった下駄は林業地帯の特産品でした。昨日から始まったNHKの大河ドラマ「青天を衝く」の主人公渋沢栄一の生家は養蚕を営んでいました。蚕は大量の桑の葉を食べますから桑畑も広大でした。

刀剣や包丁は鉄から大量の炭を使った精錬され、もちろん鋤鍬のような農具も鉄で作られたものです。塩も海岸の塩田で製造されますが、塩専用に確保された燃料用の山は塩木山と呼ばれていました。大量の炭を製造するのに、山一つが簡単にはげ山になりました。

肥料は草山から、牛馬の飼料も草山です。

こうした道具、雑貨、食物はどこで誰が作っていたのでしょう。原料のある山の近くであったに違いありません。そこを里山というかどうかは、各地の地理的条件によりますが、原料と製造は直結していた例が大半だと考えてよいでしょう。もちろん江戸の町にも職人はいましたので、家内制手工業として細かな細工物は市中で製造していた例も多いと思われます。

しかしこうした原料からの一次加工、二次加工の製造現場が里山と呼ばれる場所に多くあったと考えていいでしょう。とすると里山は一次産業地帯ではなく、二次産業地帯、製造業の拠点だったということができます。石油石炭などの燃料や電力事業に当たる薪炭製造、照明器具製造、家具製造、生活雑貨製造、製靴業、製陶業、製塩業、製鉄業、肥料飼料製造、製紙業、製糸業などが該当します。

里山は農林業地帯ではなく、製造業の集積地でした。拠点は各地に分散していますので、現代風の集積ではありませんが、分散的集積とでもいうべきでしょうか。

その物の流れを簡単な図にしてみました。

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2021年2月10日 (水)

「絶滅したオオカミの謎を探る」展 中央区環境情報センターにて

「絶滅したオオカミの謎を探る」展
中央区環境情報センターで開催します。
 
日本列島にかつて生息していたオオカミの謎に現代科学の研究成果で迫ります。また日本の森の生態系や森林の現状について紹介しながら、生態系の中で本来あるべきオオカミの役割を解説したパネル展です。
 
期間 2月16日~3月31日
場所 中央区環境情報センター
東京都中央区京橋三丁目1番1号 東京スクエアガーデン6階
 
東京メトロ銀座線「京橋駅」3番出口直結
JR「東京駅」八重洲南口より徒歩6分
入場無料

 

2020年12月26日 (土)

イエローストーン国立公園の外側に広がるオオカミエリア

 イエローストーンの25年②~目撃者ノーム・ビショップの証言をもとに

 

イエローストーンのオオカミ再導入から25年経った今、イエローストーンの周囲に広がるロッキー山脈でオオカミとエルクなどのシカ、そして人間社会がどのような関係を構築することになったのかをノーム・ビショップのインタビューをもとに報告します。

 

イエローストーン国立公園内だけでなく、同時に公園外にもオオカミは放されています。そのオオカミたちは今どうなっているのでしょう。

放獣地点はアイダホ中央です。地図を確認すると、アイダホ州北部はロッキー山脈の真ん中です。そこから西にモンタナ、南にワイオミングが隣接しています。アイダホ中央部に放されたオオカミは都市部を避けて北部山脈全体に広がりました。

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【公園周辺3州のオオカミ】

アイダホ州の中央部にもオオカミが再導入され、25年後の現在、ロッキー山脈北部一帯でもオオカミが増え、生息範囲を拡大しています。

現在オオカミはイエローストーンを取り囲む3州に加えて、ワシントン州、オレゴン州に広がりました。合計するとおよそ1500から1800頭くらいの頭数で増減しています。

【オオカミの分布】

各州の詳細な分布を州のHP等から引用します。

モンタナ州

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出典:Montana Gray Wolf Program 2018 Annual Report

 

アイダホ州

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出典:2015 IDAHO WOLF MONITORING PROGRESS REPORT

 

ワイオミング州

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出典:WYOMING WOLF RECOVERY 2016 ANNUAL REPORT

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イエローストーン25年の変化~オオカミが戻って何が変わったか

イエローストーンの25年①~目撃者ノーム・ビショップの証言をもとに

 

イエローストーンの25年の変化をノーム・ビショップの証言をもとに概観します。

1995年1月、イエローストーン国立公園に最初のオオカミの檻を運び込んだのはFWS(Fish and Wildlife Service)の局長Mollie Beattie、内務長官Bruce Babbitt (blue jacket) 、イエローストーン国立公園の最高責任者Mike Finleyたち野生動物行政に関わる重鎮でした。

つまりオオカミ再導入は生態系の回復のため、政府の決定で行われたことだったのです。

公園関係者、自然保護関係者は、1970年代から再導入の実現に向けて活動をはじめ、二十数年にわたって数百回の講演、数百回の公聴会を行い、博物館の展示「Wolf and Human」を全米に展開し、政治を動かそうとしていました。ノーム・ビショップはそのただ中にいて一般の市民にオオカミに関する知識を広めるため500回以上の講演を行い、再導入への関心を向けさせる貢献をしていました。

 

〇プロフィール

ノーム・ビショップ

ノーマン・ビショップは市民教育担当ナチュラリストとして国立公園局に長年勤めてきた。イエローストーンのオオカミ復活の以前も以後も、彼はイヌ科捕食者についての市民への講演を400回以上もこなし、イエローストーンやアイダホへの歴史的なオオカミの帰還への道筋を明らかにする環境影響評価を作成するのにも力を貸した。

 

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【写真右】最初のオオカミが入った檻を運びこむ光景。当時の内務長官ブルース・バビットに話しかけているのがビショップ。

 

イエローストーン国立公園へのオオカミ再導入から25年間、ノーム・ビショップはほぼすべてのできごとを公園内で見てきました。雑誌に掲載されたノーム・ビショップの回想記事はイエローストーンとその周辺で何が起きて、何が変ったのかの理解を進めてくれるものでした。その記事をもとにビショップ本人に電話でインタビューし、その後さらに範囲を広げて調べたことで、アメリカ西部のオオカミがどのような状況なのかも鳥瞰することができるようになりました。

彼のインタビューと記事をもとに。北部ロッキーの生態系と人間社会の関係を描いてみようと思います。

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2020年9月10日 (木)

千松信也さんの映画「僕は猟師になった」とジビエとオオカミ再導入

シカ問題の議論はなかなかかみ合わないところがあります。最近ニュースになったこの二つもそうです。
一つは【ジビエ】
シカの増加による農業被害に対して、ジビエで対抗する、またはせっかく捕獲したものを無駄にするのはもったいない、とジビエ産業での利用を推進する、という農業関連業界、政官界の動きはまだまだ衰えていません。自民党の議連も盛んにPRをしています。

農地荒らす鹿やイノシシ肉のジビエ コロナで消費減、需要開拓の正念場
https://mainichi.jp/articles/20200905/k00/00m/040/301000c

ニュースの内容にはたとえば
「シカやイノシシといった有害鳥獣が、農家が育てた農産物を食い荒らす被害が深刻だ。
 2018年度の有害鳥獣による農産物被害額は158億円に上る。実は近年、被害額は減少しているが、「農村への影響は統計上の被害額以上に甚大だ」(農林水産省鳥獣対策室)。国が把握できない被害(申告されないケースや、栽培をやめてしまったケースなど)が大きいためだ。
 有害鳥獣による被害は、高齢化している農村に深刻な影響を及ぼしており、このままでは全国で離農や廃村が相次ぐことになる。」
という背景として示されます。

もう一つはまた京都の千松信也さんが出版した本と同名の映画「僕は猟師になった」

「命を無駄にせずいただく」。残酷より憧憬の声が寄せられた猟師、千松信也さんの生き方とは
https://news.yahoo.co.jp/byline/mizukamikenji/20200906-00196902/


猟師の千松信也氏が問う、この時代に狩猟採集生活が持つ意味とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/c21bba695bce340491d29018090aed8562deb330?page=3

著者本人に密着して猟師の日常を撮影された映画が完成し、映画製作者たちは
「命を無駄にせずいただく」
「森や自然ときちんと責任をもって関わる」
という千松さんの生き方に感銘を受けています。製作者が満足するいい映画になったのでしょう。

千松さんは、「1シーズン、イノシシやシカを10頭くらい獲る。自分と家族と友人らが食べる分しか、獲らないと決めている。」
というように、自分のできる範囲で、食生活を自分の力で維持しようとしているという姿勢です。だから彼とシカやイノシシの個体数削減の話をからめてしまうのは間違いかもしれません。まったく別の視点で見るべきなのですが、野生鳥獣問題があるので、どうしてもそういう目で見てしまいますし、映画評なども多少そのようなことに触れざるを得ない、というところだと思います。


彼のような方が少しいてもシカ問題は解決しません。彼が10万人いればちがうかもしれませんし、70年以上前はそのくらいいたのかもしれません。こういう証言もありますから。

「奈良のシカ 夢中で食べた」 戦後の食糧難 元小学校教諭の後悔
https://mainichi.jp/articles/20200829/k00/00m/040/180000c


こうした違う視点のコンテンツをどのようにポジショニングすれば理解しやすいのか、ちょっとした図を作ってみました。

二軸のマトリックスです。縦の軸は、
社会的課題(シカ問題)⇔個人的・文化的課題(狩猟・食文化)
横軸は
生態系への影響⇔農業への影響
です。
こうして位置づけてみると、ジビエとオオカミ再導入はまったく別のポジションにあるのがわかります。

ニュースを見るときの参考になれば。
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2020年8月23日 (日)

栃木県のシカ、カモシカ事情

8月初めに下野新聞に下記のような記事が掲載されました。
 
ニホンジカ生息域拡大で試行錯誤、有効策なく… 県北、県東地域

https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/342613?fbclid=IwAR01Bt0ozBkZYdAd3DVfSWSH6U6tjUUwigwCZmg2kgraAXvlgfPTFc3JxTw

栃木県はごくごくおおざっぱに言うと北西部に高標高の山岳地帯があり、南部は平地、北部は茨木福島に隣接した那須の高原地帯が広がっています。
この記事は、北西部の日光地域から拡大したであろうシカが県北の大田原市周辺に定着し、林業被害が既に発生しているという内容です。
ところで下野新聞は一年前には下記のような報道をしています。

県獣のニホンカモシカ生息域に変化 シカに縄張り追われる? 栃木県
2019/7/14
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/194735
 

記事はシカの生息域が拡大し、それに押されたカモシカが従来の生息地から追われて今まで確認されていない地域に移動している、と報じています。
専門家の話として、「生息域が拡大しているニホンジカの影響で分散した」とも書かれています。

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ニホンジカとカモシカはどちらも草食の哺乳類で競合していますが、種の違いもあり、生活の仕方も異なっています。
ニホンジカは食性がカモシカよりもやや広く、ナワバリを必要とせず、群れがどんどん大きくなりますが、カモシカは食性をニホンジカと比較するとどちらかというと木の葉を食べることが多いようで、またナワバリの中でメスは母子で、オスは単独で生活しています。
体のサイズはカモシカのほうが小さいため、数の多い大きな群れの関係には無神経なニホンジカにナワバリに進入されると、カモシカは逃げださざるを得ません。
もう20年も前、足尾ではニホンジカにカモシカが追い出されて低所に移動し、結果として発信機を付けた個体すべてがカモシカが生息するためには悪条件の場所で死んでしまったという事象がありました。
20年以上前から日光ではニホンジカの増加が止まらず、カモシカを追い出しました。生態系被害と言えます。さらに広がっていきました。いまや県北の山地にも定着し、農業、林業に被害が懸念されています。
生態系被害と人間社会の被害、どちらもシカが『増えすぎ』ていること、が起こすものです。生態系のタガがはずれた、といってもいいでしょう。

生態系を元に戻しましょう。オオカミの再導入で。


2020年7月22日 (水)

野生動物との攻防~専守防衛と敵基地攻撃

防衛問題の用語を借りて喩えに使っていますが、防衛問題論議ではありません。これは防衛問題の判断とはまったく別のことですので、あしからず。防衛問題にも詳しくないので、用語の使い方には間違いもあるかもしれません。
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現在の環境行政のシカ対策は、半減を目指す人為的な個体数削減と農地や林地の防御の二つだけだといっていいわけですが、それを「野生動物との共存」あるいは「共生」のために行っていると言います。
羽山伸一氏もそういう理解のもとに「論座」に見解を展開していました。
そうした政策のもとでの「共存」「共生」という言葉の選択に、私は強烈な違和感を感じています。
防衛問題の最近の用語を借りて、この「シカとの攻防」を表現するなら、今の環境政策は「敵基地攻撃」に当たるのではないでしょうか。
人間側が設定した防衛ラインを超えて攻撃してくる(と人間からは見える)シカに対して、策源地を探索して個体数半減を図っている政策です。
少なくとも「専守防衛」でなければ「共存」「共生」とは言えないのではないでしょうか。

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