自給率

農業の多面的機能

農業再建 生源寺眞一(岩波書店)

○農業の多面的機能
農業の多面的機能については、食料・農業・農村基本法によって、いくつかの要素を例示するスタイルで定義が与えられている。すなわち、基本法第三条には、農業の多面的機能とは「国土の保全、水源の涵養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等農村で農業生産活動が行われることにより生ずる食料その他の農産物の供給の機能以外の多面にわたる機能」とある。さらに同法の第三十五条では、@国は、中山間地域においては、適切な農業生産活動が継続的に行われるよう農業の生産条件に関する不利を補正するための支援を行うこと等により、多面的機能の確保を特に図るための施策を講ずるものとする」と謳われた。これがのちに説明する中山間地域の農業に対する直接支払い制度のバックボーンである。
農業の多面的機能を平たくいえば、農業の副産物である。副産物のなかには、洪水防止の機能や水源涵養の機能のように、かたちのある物的な副産物もあれば、農耕儀礼や集落の祭事の伝承のように無形の副産物もある。無形の副産物としては、知己特有の農産物を利用した伝統料理の調理法の継承も含めてよいであろう。地域で毎年その農産物が生産されるからこそ、副産物である調理法も受け継がれてきたのである。
(中略)
経済学の概念でいえば、農業の多面的機能の多くは外部経済として性格づけることができる。農業の生産活動が、市場の取引を経由することなく、したがって対価を受け取ることもなく、人々の生活に良好な影響を与えている。これが外部経済の定義にほかならず、ほぼそのまま多面的機能にもあてはまる。もっとも文化の伝承あたりになると経済学にはやや荷が重いようである。
さて、通常のミクロ経済学のテキストでは、外部経済は市場の失敗と密接に結びついた概念として説明される。市場が何に失敗するかといえば、生産資源の最適な配分に失敗するのである。外部経済を伴っている産業の場合、その産業の真の価値は産業ほんらいの生産物の価値に外部経済の価値を加えたものであるにも関わらず、外部経済が市場では評価されないために、その産業の価値が過小評価され、それが産業への資源の過小評価につながるというわけである。外部経済が適切に評価されていると仮定した場合に比べて、産業の規模自体も過小になる。これを市場の失敗という。
j明示的にそのように述べているテキストに出会ったことはないが、市場の失敗は例外的な現象として扱われていると言ってよいように思う。つまり市場経済は資源の効率的な配分を達成する点ですぐれた制度であることは間違いないが、例外的になんらかの事情でこの機能がうまく作動しない場合がある、こういう文脈のもとで、例がい的な事情の一つとして外部経済が登場するわけである。別のかたちで表現するならば、市場経済はこの世界において充分に網羅的なのである。これが、ミクロ経済学の前提に置かれている市場観であると言って良い。
これに対して、b農業生産になんらかの外部経済が伴うことは例外的な現象ではない。それどころかむしろ外部経済を無視できる農業生産のほうが例外的であるというべきかもしれない。理由は明瞭である。それは農業が土地という開放系で営まれる産業だからである。農業は土地係数のきわめて高い土地使用的な産業である。農地は大気や水系と幅広い接触面を持つ開放系であり、したがって、健全な農業生産の営みはさまざまな副産物を周囲にもたらすことになる。それが落ち着いた農耕景観のたたずまいであり、いざとなれば雨水の流出を一時的にせき止めてくれる洪水防止機能であり、あるいは二酸化炭素を吸収し、酸素を放出する機能なのである。
2005年の時点で日本の農業のGDPは全体の1.4%であった。、GDPに占める農業の比率が低いのは、程度の違いはあれ、ほとんどの先進国に共通している。これほど小さいとは思わなかったという感想は、農業のシェアに関するある種の先入観があったことを意味する。もう少し大きなシェアではないかという先入観である。そしてこのような先入観の形成には、農業が土地使用型の産業であることが関係しているに違いない。GDPで1.4%にすぎない日本の農業もいまなお国土の13%をカバーしているのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

内食・外食・中食

農業再建 生源寺眞一 (岩波書店)

○内食・外食・中食
戦後の食生活の変化は、食材の構成の変化にとどまらない。食べる場所や調理する人にも大きな変化が生じている。今日では、食事を内食、外食、中食の三つのパターンに分けて把握することが普通になった。、けれども、このうち中食(なかしょく)という言葉は1980年代の終わりごろに外食業界が使い始めた造語である。
(中略)
中食とは調理済みの食品を購入し、持ち帰って食べるスタイルの食事を意味する。例えばコンビニの弁当やデパ地下の惣菜が典型的な中食食品である。
(中略)
具体的なデータとしては「家計調査」を用いて食料支出に占める外食と調理食品の割合を合計したものと、「国民経済計算報告」の食料、飲料、タバコ支出と外食産業総合調査研究センターによる外食と料理品の史上規模から推計したものがある。
図示した期間(1975年~2003年)の前半に外部化率が急速に上昇している。主として外食産業の拡大が外部化率の上をおもたらしていることもわかる。そしてこのように食の外部化率をリードした外食産業の勢いに翳りが見得始めるのが、1990年ごろのことである。この時期以降の外食率はいくぶん低下する局面を含みながら、おおむね横ばいで推移している。1990年といえば、バブル経済崩壊の時期であるが、その後の推移からみて、外食産業の停滞は不況の影響による一時的な現象ではないと考えられる。
1990年代の末ごろからは、外食産業の絶対的な規模が縮小傾向に転じたことが確認されている。外食産業総合調査研究センターの調べによると、外食産業の売上規模は、ピーク時の1997年の29.1兆円から2005年には24.3兆円に減少した。これに対して好調を持続しているのが中食産業であり、近年は中食の伸びが食の外部化率を引き揚げる状態が続いている。しかも、外食需要の一部は中食産業に吸収されている。お昼時に蕎麦屋に向かわず、コンビニ弁当を購入するなど、私たちの日ごろの行動を振り返ってみれば、さもありなんと納得できるはずである。

○厚みを増した食品産業
中食産業の勢いは、なお衰えを見せていない。かつて弁当といえば、家庭に用意されたものを家庭の外で食べるものであった。しかるに、いまは外で購入した弁当を家庭に持ち帰って食べることがごく普通の食行動となっている。おにぎりも同じである。このような食の世界の変化の背景には、女性の社会進出や単身者世帯の増加がある。過程の外で働く時間をできるだけ確保する必要性が高まっており、一人分のみの調理の非効率を避けるという意味でも、これらの社会構造の変化は食生活の簡便化を促す方向に作用している。
簡便化という点では、調理済み食品以外の加工食品が増加したことも大きく貢献している。むろん、加工食品は昔からあった。日本の伝統食品である豆腐、納豆、餅、麺、魚の干物は立派な加工食品である。けれども今日では、こうした昔からの加工食品に加えて、ハム・ソーセージ、乳製品、冷凍食品、缶詰、瓶詰め、レトルト食品など、実に多彩な加工食品が店頭に並んでいる。
産業連関表から農林水産省が資産した結果によると、2000年の時点で、飲食費の年間支出額80.3兆円のうち、加工品に支出された額は、41.5兆円と52%に達している。次いで外食の23.7兆円が30%を占め、残りの15.1兆円が生鮮食品への支出額である(19%)。外食を別にすれば食料品の購入は加工品5に生鮮食品2の比率で行われていることになる。また、外食や加工品の比率が時代とともに上昇していることも確認できる。農林水産省の同様の推計によれば、1975年の支出割合は、加工品46%、外食23%、生鮮食品32%であった。
(中略)
2000年の時点についていうならば、飲食費支出80.3兆円の価値のうち81%が食品産業に分配される構造が形成されている。内訳は食品製造業32%、食品流通業30%、外食産業19%である。これに対して食品の素材を生産する農業と水産業への帰属割合は19%にすぎない。しかもこの19%には外国から輸入された農産物や海産物に分配される価値も含まれている。いずれにせよ今日、飲食費支出の総額80兆円の八割は、加工・流通・外食のビジネスの領域で移転された価値、もしくは新たに附加された価値なのである。30年前には農業と水産業に帰属した割合が35%であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

残飯市場が消えて

「農業再建」 生源寺眞一 (岩波書店)

今日の飽食日本の私たちには想像もつかないが、半世紀前までは食用に売買される残飯の存在は身近な現実だった、残飯市場は姿を消した。しかしながら、現代の日本社会から残飯が消えたわけではない。むしろ増え続ける残飯の扱いに手を焼いている実態がある。
環境省の「循環型社会白書」(2005年版)によれば、2002年度にトータルで2154万トンの食品廃棄物が発生している。このうち家庭からの廃棄物が1189万トンで、過半を占める。一人当たりでは年間100キロ弱である。問題は、このうちどれほどが再利用されているかである。食品廃棄物全体でも再生利用率は22%と低いが、とくに家庭系の食品廃棄物では2%にもならない。ほぼ全量が焼却もしくは埋め立て処理されているのである。
(中略)
間接的に推測するしかなかった消費段階の食品廃棄物の実態について、2000年に農林水産省による「食品ロス統計調査」がはじめて実施された。これは世帯と外食産業を対象とするサンプル調査である。この調査によると、世帯の食品ロス率は8%であった。外食産業のロス率は5%であり、比較的低いとの印象を与えるが、宴会に限定すると16%、結婚披露宴に至っては24%に跳ね上がる。外食産業の食品ロスは、食品廃棄物のカテゴリーとしては一般廃棄物の事業系に分類される。このカテゴリーの再生利用率も4分の1程度であり、けっして高いとはいえない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食生活の変貌

農業再建 生源寺眞一 (岩波書店)

○食生活の変貌
戦後の日本の食生活の変貌はまことに驚異的であった。一億人の規模の人口を擁する社会で、半世紀という短期間に生じた変化としては、世界史上未曾有のものであったと考えられる。「食料需給表」を遡ってみると、1951年以降の品目別の食料供給量を把握することができる。半世紀前の1955年を起点に、年間一人当たりの供給量の推移を追ってみると。
まさに驚異的な変化である。なかでも著しく増加した品目は、肉類であり(8.9倍)、牛乳・乳製品(7.6倍)であった。同じく畜産物である鶏卵は4.5倍に増加しており、油脂類も5.4倍に増えた。一言で言うならば、日本の食生活が全般的に洋風化したのである。
果実の供給量も3.5倍に伸びている。内訳をみると、1955年の供給量12.3キログラムのうち、みかんとりんごの割合は58%であった。2005年には、みかんとりんごという日本の伝統的な果物の占める割合は35%に低下している。果物の消費も多様化しているのである。なかでもバナナ、レモン、グレープフルーツ、マンゴーといった今日お馴染みの品目は、大半が半世紀前には国内で手にすることのできなかった輸入果物であり、ここにも異国の食文化を旺盛に取り入れた現代の食生活の一端が現れている。
逆に減少したのは米であり、イモ類である。ただし、米については多少の注釈がいる。というのは、1955年の時点で米の消費は、傾向的にはまだ伸びていたからである。ピークを迎えるのは1962年のことであり、一人当たり年間118.3キログラムと記録されている。このピークの年を基準にすると、2005年の一人当たり消費量は52%である。ほぼ半減したわけである。なお、日本の米が国内生産によって100%供給されるようになったのは、1966年のことであった。それまでは外国から米が輸入されていた。その後は品種改良や土地条件の改善による国内生産量の伸びと、食生活の洋風化による国内消費量の現象があいまって、需給のバランスは急速に供給過剰に傾くことになる。そして、1969年に試行的に、ついで1970年からは本格的に生産調整が始まる。減反である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食料自給率のカラクリ

文芸春秋1月号
「農水省食料自給率のインチキ」浅川芳裕 より

毎日のように連呼される「自給率40%」は、前者のカロリーベースの数字である。これは一人当たりの国産カロリーを全供給カロリーで割って算出する。計算式で表すと次のようになる。
カロリーベース総合食料自給率
=一人一日当たり国産供給カロリー/一人一日当たり供給カロリー
=[(国産+輸出)供給カロリー÷人口]/[(国産+輸入-輸出)供給カロリー÷人口]

最新の2007年を見ると、分子が1016kcal、分母が2551kcalで、国産が40%となる。
ここで注意すべきは分母となる供給カロリーは、われわれが実際に摂取しているカロリーではないと言う点だ。厚生省の最新調査(2005年)による摂取カロリーは1904kcal。これにたいして流通に出回った食品の供給カロリーは2573kcalもある。その差700kcal弱、つまり4分の1以上がロスされている。急増しているのは、日々処分されるコンビにでの廃棄量やファーストフード、ファミレスでの食べ残しなどだ。
果たして、こうした大量廃棄量まで含んだカロリーベースの食料自給率で、国民が望む「自給」という概念が語れるのだろうか。供給カロリーの分母が大きくなるほど、国産の比率=自給率は過小評価されてしまう。国民が自給率として理解しているのは、健康的に生活するのに必要な食料が身近な国産でどれだけまかなえているかではないか。
しかも現代は、カロリー過剰でメタボ対策が必要とまでいわれる時代だ。そこで厚労省が定める、健康に適正な「食事摂取カロリー」を基準に自給率を計算してみた。ねんれいべう性別の適正基準に対しその人口分布に当てはめてみると、国民一人一日当たりの平均適正カロリーは1805kcalとなり、ここから計算すると自給率は56%にもなるのだ。
政府が定める2015年度の九表の45%を軽々超え、浅生首相の公約の50%さえ一気に突破したことになる。
しかも、人口減少社会で高齢化に拍車がかかっている日本では、20年後の消費カロリー量は2割減少するとの推測もある。

***************

別の資料によれば、食料の廃棄はさまざま合計すると重量にして2000万トンにもなるという話です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食糧自給率を下げたのは、あなたです。肥満、メタボな方へ

もう一つこういうグラフもある。
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/fbs/dat/1-1.pdf

Photo_3

昭和35年からの国民一人当たり供給熱量の構成変化を時系列で追いかけたものだ。
このグラフで昭和35年と現在を比較すると、一人当たり消費カロリーの合計も271キロカロリー増加しているが、内訳で大きな違いは米の消費カロリー減少と畜産物、油脂のカロリー増加です。小麦の消費カロリーはそう大きな増加ではないが、前の図を見つつこれを見ると内訳が大幅に変わっている。

この2つの図表を見比べて思うのは、カロリーベースの自給率を押し下げている主な原因は、肉類と油脂類の消費が圧倒的に増えたことである。油脂類が34倍、畜産物が47倍です。米の減少分をこの2つがカバーしてしまった。そして小麦も同時に国産から輸入品に転換している。


続きを読む "食糧自給率を下げたのは、あなたです。肥満、メタボな方へ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

食糧自給率について、知りたい

自給率を下げているのは、誰か

日本の食環境は、世界のどこにも見られないほどに過剰な供給状態だ、ということは「飽食の時代」といわれ、長年にわたって指摘されてきた。でもそれは安く、大量に輸入食品が日本に入ってこなければ、達成できていない。

それがいまようやくにして脅かされようとしている。世界中で小麦が高騰し、米を禁輸する国が続出している。その中で日本はどうするのか。

この40年来、日本人が食べてきたものはいったいなんだったのか。知っておきたい。

いろいろなデータがあるけれども、まずカロリーベースの自給率の構成変化というグラフがある。

続きを読む "食糧自給率について、知りたい"

| | コメント (0) | トラックバック (0)