食文化-何を食べるか

食の太平洋戦争

第二次世界大戦以降、米国が薦める食のグローバリゼーションで、最も被害を受けているのは太平洋の島々である。
「太平洋戦争」とはよく言ったもので、米国文化の浸潤によって、太平洋諸島の島々では肥満との戦いが続いている。
たとえば、ミクロネシア連邦のコスラエ島では住民の70%以上が肥満、世界一肥満が多いとされるナウル島では、成人男性の80%、女性の78%がBMI値30を超える肥満で、そのうち3分の1が糖尿病を併発して大問題となった。コスラエ島は米国の助成金、ナウル島はリン酸塩の採掘で急激に米国資本が流入したことで、食文化のアメリカナイズが進み、遺伝的に太りやすかった島民の体型を変えてしまった。
2005年2月に来日した、サモアのトゥイラエバ首相は、小泉首相との会談で、同国内の肥満の問題を取り上げ、食生活の改善が課題であり、日本への支援を訴えているほどである。
「米国には食文化がない。ごちゃ混ぜの文化で、しかも世界進出を標榜している。遺伝子に優しい食事かどうかはお構いなしだから、それこそ世界中の健康を損ねてしまうのではないでしょうか。今日のように、脂のとりすぎが問題になる前は「コカコーラ」の進出による単純糖質の撮りすぎが健康問題となって、これをコロナイゼーションともじって、南太平洋の「コカコーラナイゼーション」と呼んでいたくらいです」(田仲医師)


それが沖縄の抱える問題である。それも、先の大戦の侵攻ルート、はたまた台風が日本を襲うコースをたどるように、南端の先島諸島から問題が顕著化した。データ、数値が後付する。

(与那国島では)
「沖縄県の自治体の中でも、統計上死亡率が異様に高い。その最大の原因を探ると生活習慣病だった。では、生活習慣病の原因になるものは何かといえば、肥満だった。」

「気になるのは子供の肥満も多いこと。島内の子供の4人に1人は肥満であるという統計が出ている」
こうした傾向にあるのも戦後のことである。与那国の風習に詳しい人物は言う。
「わずかな船便しか入らなかった時代は、島全体が自給自足で成り立っていた。野菜もふんだんにあった。それが、冷蔵庫が入ってきて生活が変わった。女性の仕事は楽になったし、男も牛をつぶすの必要がなくなった。」(与那国民俗資料館 池間苗さん)
与那国島では、牛を放牧して育て、必要に応じて食材にしていた。ところがいまでは、島外から持ち込まれる牛肉を冷蔵庫で保存して食べ、島内で生まれた仔牛は、日本国内の牛肉の産地に運ばれ、そこで松阪牛などのブランド牛として育てられ出荷されていくという、奇妙な構図が出来上がった。

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沖縄食文化の敗戦

1995年沖縄県「世界長寿地域宣言」
「食料植民地ニッポン」 青沼陽一郎より

「・・・
我々は、太平洋戦争・沖縄戦終結50周年にあたり、我々の祖先が築いてきた独自文化を大事にしつつ、健康の大切さ、平和の尊さを訴え、未来に向けて全人類の幸せの道しるべとなるよう、沖縄県が世界長寿地域であることをここに宣言する。」
(中略)
ところが、である。
堂々と宣言したまではよかったが、それから5年後の2000年になると男性の平均寿命は、なんと全国26位にまでランクを下げてしまったのだ。(05年は25位)それも全国の平均寿命を下回っている。95年の実績が全国4位だったことを振り返れば、凄まじい落ち込みぶりである。かろうじて女性の平均寿命が全国トップを維持しているとはいえ、あまりにもバランスを欠いた異常事態だ。
しかも、同年の年齢階級別死亡率を見れば、35歳から44歳までの死亡率がもっとも高く、50歳以下の死亡率は全国平均を上回っていたのだ。
つまり、100歳以上の高齢者は多いものの、働き盛りとされる人々が、沖縄県ではバタバタと倒れているのだ。
こんな地域が「世界長寿地域」と呼べるのだろうか。
この実績を受けて、2003年1月の米国誌「newsweek」では特集記事が組まれて、この現実を茶化しているほどだ。
日本中に万円した「長寿の国・沖縄」のイメージは、戦後60年を過ぎた今日では、まさに集団幻想に過ぎないのだ。「世界長寿地域宣言」とは、ここへきてブラック・ユーモアになった。
では、いったいなぜ、こんな現実がやってきたのだろうか。
この異常事態に陥った背景には、実は米国の「目に見えない侵略」があったのだ。戦後60年の長きにわたって、着々と「食」を通じて米国は沖縄を蝕んできたのである。

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田仲医師は、特に肥満、高血圧、高脂血症、それに糖尿病を加えた4つをメタボリックシンドロームの「だんご4兄弟」と呼んで、注意を促してきた。この4つが、すなわち動脈硬化を招く4要素であり、特に入り口にあたる肥満が大きな社会問題になっている。
肥満が原因の生活習慣病が沖縄県民の命を奪い、平均寿命を引き下げている。
平成15年の統計を見る限りにおいては、沖縄における肥満者の割合が男女共に全国平均をはるかに上回っている。特に50代以上が際立っている。
この原因を田仲医師がズバリ指摘する。
「米国の食材が入ってきたこと。すなわち侵略です。」
ここから「第二の沖縄戦」が始まったのだ。
「しかも倹約遺伝子をもつだけに、米本国の肥満問題よりも深刻です」

その米国食材の典型が「Aランチ」と呼ばれる裏の沖縄名物だった。
「脂質(油)の取り方は、米国食材、米国の食スタイルで取るようになったことが一番の原因。特に一食の食事の量が物凄い。本土の人はあまり知らないだろうけど、沖縄の「Aランチ」を食べて見るとわかるでしょう」

<実際のAランチ:いわゆるワンプレートディッシュで、その大半を男性の掌ほどはありそうな巨大なトンカツが占めていた。皿の一角には丼をひっくりかえしたほどの白米が山を作っている。その他に、ハムやポーク(スパム)、ウィンナーが油で揚げて添えられ、かすかに見える千切りキャベツの上にはマカロニサラダが無造作におかれていた。・・・トンカツの下になにやら大きな物体が。同じ大きさのハンバーグで、しかもその間にプレーンのオムレツが挟まっていた・・・これにポタージュスープの皿がついて、甘い紅茶が飲み放題>

米国の持ち込んだこうした食材は、一般家庭にも浸透していった。
「もともと沖縄料理というものは、芋が主食の質素なものでした。油なんか数滴みそ汁に垂らす程度しかなくて。それで身体を動かす農作業をしていたから、健康で長寿を保てたんです。それが戦争から変わってきてしまった。」
沖縄料理に詳しい沖縄県栄養士会の金城典子副会長が教えてくれた。
「沖縄の代表的な料理であるチャンプルだって、油なんていまほど大量に使ってなかった。それが、戦後と同時に油が増え卵が入って、ポーク(スパム)が入るようになった。みんな米軍から流れてきたもの。だから、戦前に比べたら毎日がご馳走なんです。」
その典型的データが沖縄県における1世帯当たりの1年間の食用湯の購入量である。総務省がまとめた平成16年の家計調査では、全国47都道府県県庁所在地中、那覇市が全国トップに燦然と輝いている。
本土の人間が「沖縄料理」として慣れ親しんでいる豚を使った料理なども、実は年に数えるほどしか食べられなかった「ご馳走」の部類で、そんなものばかりを食べていて「長寿食」あるいは健康食であるはずがないのだ。
米国の占領がもたらした大量物資の流入が、沖縄の食文化を全て変えた。


米国のもたらした食文化の変化は、沖縄の人々を急激に肥満へと導いていった。
戦後のことである。
したがって、働き盛りと呼ばれる男性が次々に生活習慣病に倒れ、100歳を超える人口が多いのも、戦後の食生活をs回にした現象なのである。さらにもっと恐ろしい傾向に向かう危険性を、
「これはもはや人種の淘汰だ」
と田仲医師は指摘する。
「女性の場合、いまだに平均寿命全国一位を誇っていますが、肥満になった段階で、若い女性は高率に不妊症になっていきます。男性の場合は、統計が示すように生活習慣病になって死ぬ。、そうなると必然的に人口は減少していきます。したがって、倹約遺伝子は淘汰されていくことになる」
米国の意思は別として、これはもはや遺伝子による人種の淘汰が始まっているといえるのだ。食文化の「侵攻」によって、生き残れる遺伝子が決定してしまうのだ。

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