新刊ご案内「絶滅したオオカミの謎を探る」狼と森の研究所

新刊のご案内です。

「絶滅したオオカミの謎を探る―復活への序章」朝倉 裕 編著

絶滅したオオカミの謎を探る ―復活への序章― | 朝倉 裕 |本 | 通販 | Amazon

 

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古来農耕民として生きてきた日本人にとってオオカミは、自分たちの生きる糧を害する草食獣の天敵であって、心強い味方と認識していたはず。にもかかわらず牧畜文明の末裔である西洋的固定観念の虜になっていることが多いのはなぜでしょうか。

「絶滅したオオカミの謎」とは、日本人がなぜこれほどオオカミの姿を誤解しているのか、日本人の目に仕掛けられた偏見のフィルターが広く深く浸透しているのか、ということの「謎」でもあります。

 

そのフィルターを取り除いたとき、日本の歴史の中にどのようなオオカミが見えてくるのか、を本書で描き出そうとしました。

そこに現れた姿は未来に向けてオオカミ復活の基礎知識となるものと確信しています。未来を担う世代に手渡すべき自然には頂点捕食者の存在が不可欠であると、一人でも多くの人に理解していただけることを願っています。

 

 

 

 

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2024年6月12日 (水)

梶光一著「ワイルドライフマネジメント」批判4 「自然調節論争に決着をつけるかのような論文」だったのか?③

 

論文の超要約を続けます。前稿を含め文中「原始」とありますが、これは論文を一応忠実に訳しているのでこうなっています。実際はヨーロッパ人入植前、先住民だけがこの地域に居住していた時代、しかも誰かの目撃記録が残っている時代を指して「原始」と呼んでいます。目撃は当然ヨーロッパ人であり、その記録を後人が整理した数字です。

 

 

 

  • オオカミ再導入以後

 

バイソン

オオカミ再導入後、エルクの数が減少するにつれ、バイソンの数は急速に拡大した。バイソンの個体数は、2004年に1,000頭、2007年には1,500頭、2010年には2,000頭、そして2013年には3,000頭を突破した。500頭を超える頃から冬には公園外へ出るようになり、頭数調整の努力が効果がなくなり、2000年から2018年までバイソンの個体数が7.4倍に増加した。2018年のバイソンの個体数は3,969頭で、在来動物の自然生息数を維持するという方針にもかかわらず原始の個体数の約10倍である。

 

現在YNP内の大部分において、エルクではなくバイソンによるブラウジングが、ワタノキ、ヤナギ、アスペンを制限している

 

オオカミやグリズリーベアがバイソンを殺すことはめったにない。バイソンはオオカミやグリズリーに襲われると、攻撃的に身を守る。バイソンはまた、他の偶蹄類に対しても攻撃的である。例えば、バイソンはエルクの子や家畜の馬を傷つけたり殺したりすることがある。時には人を襲う場合もある。

 

エルク

・対捕食者

オオカミとマウンテンライオンの捕食リスクに対応して、採食に適した草原から森林へと移動して警戒を強め、採食をする時間を減らすようになり、栄養価の低い餌を食べるようになる。そして繁殖率が低下する可能性がある。捕食リスクが低い場合でも、栄養価の低い飼料を摂取して繁殖は制限される可能性がある。

 

・頭数の減少

1988年と1994年の19,000頭をピークに、エルクの群れは2012年から2014年にかけて3,000頭または4,000頭まで減少し、その後4年間に回復して2018年には7,579頭に達した。

1994年から2018年にかけて、群れの規模は全体で60%減少した。エルク頭数の減少は、以下の時期と一致している:

1)1995年から1996年にYNPに再導入されたオオカミによる捕食の増加

2)拡大するグリズリーベアによる捕食の増加

3)拡大するバイソン個体群との競合の激化。

 

・越冬地の拡大

1920年代からほとんどのエルクが通常YNP内で越冬していたが、エルクの個体数が増えた1987〜1988年の冬以降YNP外で越冬するようになった。頭数が減少し始めてもその傾向は続き、YNP北部で越冬する群れの割合は、2006年から2012年まで毎年50%以上、2013年から2018年までは毎年75%以上、2017年には、エルクの89%がYNP外で越冬と高くなっている。

 

・越冬地へ移動の理由

1988年から1989年の冬にかけて多数のエルクが公園の北側で越冬を始めたが、その割合は冬の天候と相関していないことから冬の天候が大きな影響を与えたとは考えにくい。

この分布の変化は、以下の3つの出来事の同時発生と密接に関連している:

1)エルクの群れが原始の3倍にまで拡大し、YNP内部での種内の飼料競合を増加させたこと

2)1988年夏に大規模な山火事が発生し、生息地の状況が変化したこと

3)1986年に民間の牧場をエルクの群れの冬期生息地とするためにドーム・マウンテン野生生物管理地域を造成し、冬季生息地へのアクセスが増加したこと、この結果YNP外部での種内飼料競合を減少させた

である。

前記のエルク減少要因と、上記の越冬地に関連する3つの要因は、すべて相互に影響しあってエルクの分布に影響を及ぼした。

エルクは明らかに、YNP内外の相対的な一頭当たりの飼料利用可能量の差に反応し、多くのエルクがYNP外で採食することを選択した。

 

エルクが越冬地を拡大し始め、YNP北部の利用が増加したことがオオカミ再導入前の1988年から1989年の冬にかけてであったため、大型肉食獣の個体数拡大は、こうした変化を引き起こしているわけではなく、エルクの冬期放牧地利用の変化を永続させ、悪化させるのに役立っているようである。

 

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2024年6月11日 (火)

梶光一著「ワイルドライフマネジメント」批判4 「自然調節論争に決着をつけるかのような論文」だったのか?②

Mosleyほかの論文を超要約してご紹介していきます。

梶氏が「ワイルドライフマネジメント」で引用していた論文

 

History and Status of Wild Ungulate Populations on the Northern Yellowstone Range

By Jeffrey C. Mosley and John G. Mundinger

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0190052818300750

 

は、イエローストーンで野生動物たちにどのようなことが起きたのかの歴史を解説し、同地の生態系を理解するには先住民の火入れと狩猟が重要な要素だった、それなしの管理政策は誤りだから人為的な圧力を強めなければならないと提言しています。

実はこの提言の前段にある野生動物増減の歴史が興味深いのです。本論は種ごとに経過を詳述していますが、事態を全体として理解するために時系列で

・最初期

・オオカミ再導入以前

・オオカミ再導入後

に組み換えて要約しました。

 

梶氏は、本論で言及されている「ヨーロッパ人の入植以前」のエルクの頭数と現在を比較して、1.3倍であり、オオカミはエルクを減らしていないと書いていましたが、実際にはオオカミ再導入以前の状態はもっと多かったことを言わなければ実態はわかりません。

 

エルク原始状態との比較

1988年と1994年の19,000頭は自然界の原始的な個体数の3.2倍から3.9倍に相当する。

1920年代から1930年代にかけてのエルクの生息数は、1.7倍から3.9倍であった。

1928年NPS(国立公園局)の生物学者が、YNP(イエローストーン国立公園)内ノーザン・レンジの土壌と植生がダメージを受けたことを初めて記録したとき、その個体数は自然の2.2倍であった。

 

 

 

  • ノーザンレンジでの各動物種の最初期の状況

バイソン

歴史的な記録から、原始的な個体数の平均は冬期が200〜300頭、夏期が300〜400頭と推定されているが、1800年代後半、商業狩猟やスポーツハンティングによってほぼ絶滅し、1901年にはYNP内で在来のバイソンはわずか25頭しかいなかった。

 

エルク

1872年にYNPが設立された当時、ノーザンレンジの越冬エルクの総個体数は5,000〜6,000頭であったが、1860年代から1870年代にかけての狩猟によって、YNPが設立された最初の10年間はほとんどいなかった。

 

プロングホーン

1911年から実際の数を数え始めて平均150頭から500頭で推移した。1930年代に個体数が約700頭まで増えたとき、ビッグセージブラシを大量に採食してしまい、栄養価の高いエサが豊富なYNP外で越冬するプロングホーンが増えた。

 

ミュールジカ

1800年代後半から1900年代前半にかけて、ノーザン・レンジのYNP部分に生息し、1930年代から1970年代まで平均しておよそ500頭から1,100頭であった。水辺(つまり、川沿い)の落葉樹や低木を採食していた。

 

オジロジカ

1920年代に激減し、1930年までに実質的に絶滅した。YNP内で姿を消したのは、エルクの大量採食のためにYNP内の川辺のヤナギとワタノキの植物群落が消滅したのと時を同じくしている。

 

ムース

1900年頃生息するようになった。1930年代半ばから1940年代初頭にかけて約200頭生息し、主に公園北部のヘルロアリング・クリークとスロー・クリーク流域に生息していた。

 

ビッグホーン・シープ

1920年代半ばから個体数は100頭から500頭近くで変動している。

 

マウンテンゴート

1956年から1958年にかけて、モンタナ州魚類狩猟局(現MT-FWP)が23頭をYNP外に移植した。

 

各種の関係を図解するとこんな風でしょうか。この記録は概ね1900年前後から1930年ごろまでのことを記していますから、先住民の影響はありません。もしくはわかりません。

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2024年6月 6日 (木)

梶光一著「ワイルドライフマネジメント」批判4 「自然調節論争に決着をつけるかのような論文」だったのか?

 

梶光一大先生ありがとうございます。素晴らしい論文を紹介していただきました

 

梶氏の「ワイルドライフマネジメント」のオオカミ再導入に関わる部分を散々に批判してきましたが、ごく稀に感謝したくなることもあります。今回はそれに当たりますね。

 

梶氏は第3章「シカ管理」で「その後のイエローストーン国立公園における自然調節をめぐる議論」と小項目を立て、以下のようなことを記されています。

「オオカミが再導入されてエルクの個体数が減少すると、今度はオオカミの果たす役割に議論が移った。しかし、数多くの調査研究が20年にわたって実施されたにもかかわらず、イエローストーン国立公園北部のエルク個体群調節に果たすオオカミの役割については論争が続いており、科学的コンセンサスを見ていない。

この捕食者を介在とする自然調節論争に決着をつけるかのような論文が最近、発表された。イエローストーン国立公園北部地域では、現生の時代のほうが現在よりもはるかに落葉性の低木と樹木が豊富であったが、現在はエルクとバイソンの過剰採食が繰り返されたため生息地の劣化が継続している(Kay 2018)。

北部地域で最も優先している有蹄類であるエルクとバイソンの2018年時点の生息数は、ヨーロッパ人入植前の個体数と比較して、エルクの個体数は1.3倍、バイソンの個体数は10倍も大きいと推定されている(Mosley and Mundinger 2018)。

一方、オオカミ、グリズリーベア、マウンテンライオンなどの捕食者の個体数は、テリトリー内の群れ間の種内競争によって制御されるため、捕食圧がこれ以上高まることはなく、これら捕食者の動物たちが今後有蹄類の個体数を減らす可能性は低いと想定されている(Mosley and Mundinger 2018)。

増え続け植生を脅かすエルクやバイソンに対して、捕食者の存在はもはや個体数管理につながらず、次の打つ手が求められている」

 

引用されたこの論文は2018年に発表され、

Mosley and Mundinger /Kay/Yonk/Hunter他、の4つの論文がまとまって一つの論旨を展開しています。

上記のようなエルクとバイソンの過剰問題は、歴史的に先住民による火入れと狩猟がノーザンレンジで重要な役割を果たしてきたことを見落としていたため起きた政策の誤りだった、だからノーザン・レンジのバイソンとエルクの個体数を意図的に自然の原始的な規模に回復させる適応管理戦略を策定することを提案する、としたものです。

梶氏が書いている引用は概ね正しいわけですが、重要なことを省いています。

Mosley and Mundingerのアブストラクト(のような部分on the groundとしています)には詳細は省かれていますので、それを引用しただけかもしれません。

 

省かれた論文の詳細部分には、オオカミや他の捕食者がエルクを減らした経過が書かれていました。

ノーザン・レンジでアメリカ政府が復活させようとしたのは、オオカミだけではありません。バイソンも復活させています。ほぼ絶滅状態から頭数をコントロールしながら増やし、近年ではコントロールできずに約4000頭まで増えています。これが原始状態の10倍です。

オオカミはエルクを減らす方向に働き、バイソンは増えたことで他の草食獣を追い出す力として働きました。エルクはというと、この論文は梶氏が引用した「ヨーロッパ人入植前の個体数と比較して、エルクの個体数は1.3倍」という数字だけでなく、こうも書いています。

「1988年と1994年の19,000頭は自然界の原始的な個体数の3.2倍から3.9倍に相当する。1920年代から1930年代にかけてのエルクの生息数は、1.7倍から3.9倍であった。1928年公園局の生物学者が、公園内ノーザン・レンジの土壌と植生がダメージを受けたことを初めて記録したとき、その個体数は自然の2.2倍であった。」

梶氏はオオカミ再導入以後、いかにも減っていないような書き方をしていますが、実際にはそれ以前はこれだけ多かったのをオオカミたちが減らしたのです。バイソンはオオカミにコントロールされず、エルクを公園内で減らす圧力になりましたし、公園から外へ追い出すような圧力になり、餌場(野生生物管理地域)を公園外に造ったことも相俟って、エルクはほとんど公園外越冬するようになり、公園外で少し増やす結果になりました。その結果が1.3倍ということです。

過去最低を記録した2012年から2014年にかけてエルクは公園内で3,000頭または4,000頭と推定されていますから、その時点で比較すれば0.6倍から0.8倍です。

外部から見ている私たちはこれを単なる揺り戻しだと考えてましたが、そうではなく別の要素があることがこの論文でわかりました。「エルクとバイソンの過剰採食」は、公園内のバイソン、公園外のエルクが主な問題なのです。

 

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2023年12月26日 (火)

「哺乳類学会 百年のあゆみ」三浦慎吾早大名誉教授の非科学的な歴史解釈

 

2023年秋、哺乳類学会が、学会誕生(正確には前駆組織からの)100年を記念して

「哺乳類学会 百年のあゆみ」(文永堂出版)

を刊行しました。学会のあゆみだけでなく、日本の哺乳類学という学問分野の歴史を振り返る貴重なエッセイ集になっていて、たいへん参考になる書物が出たと喜んでいます。

 

しかし、私たちが関心をもっている「肉食獣」「頂点捕食者」である「オオカミ」、そしてオオカミとシカの関係に関連した章には逆に失望し、歴史に残る記念本なのに、これで良いのかと学会の見識を疑わざるを得ないものとして読みました。

オオカミという動物を知らずに寄稿したのではと疑ってしまうのが第五章「日本人と哺乳類 日本列島の環境史」です。

執筆者の三浦慎吾氏(早大名誉教授)は、Wikipediaによると専門は生物学・動物行動生態学で、野生動物の生態や行動をフィールドワークで明らかにし、それらを保全と管理に役立てることをライフワークにしてきたとあります。本書では、現在の肩書きが日本自然環境センターとなっていました。ここは環境省の外郭団体で野生動物政策のいわば実働部隊です。その重鎮ということで、彼の見識は現在の環境省の姿勢をそのまま反映していると言ってもいいでしょう。

彼は生物学者でありながら、オオカミの基本的な生態をまったく押さえずに、ファンタジーによって形作られた偏見そのままの予断をもって書き綴っています。この笑止なエッセイを看過することはできず、批判を展開することにしました。

突っ込みどころ満載で、ありすぎるためここでは4点に絞ります。

 

①オオカミという生物を知らない人文系の書籍を鵜呑みにして、生物学者としての専門的な検討がまったくないこと

②オオカミの獲物が減少してしまったため、獲物のスイッチングをし、家畜と人間を襲うようになったという主張にはオオカミという動物研究の根拠、出典文献がまったくないこと

③人間の狩猟圧が消えると「オオカミは本来の姿を取り戻し」人間を襲うようになる、という主張は世界のオオカミ研究からの裏付けがまったくないこと

④オオカミはシカの個体数を抑えていたわけではない、と2ヶ所で強調し、オオカミによるトップダウン効果に否定的な印象付けをし、キーストーン種であるオオカミの機能を否定しようとしていること

 

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2023年9月26日 (火)

梶光一著「ワイルドライフマネジメント」3 人文学者の見解を鵜呑みにしている梶氏の不可解な主張

 

梶光一氏は「ワイルドライフマネジメント」の江戸時代のオオカミによる事件を取り上げた部分で、

 

盛岡藩でオオカミにより馬が多数襲われ、捕食されていた(菊池)

弘前藩でオオカミの襲撃による多数の死傷者が出た(村上)

山形県(庄内温海)で狂犬病にかかった2頭のオオカミが人畜を多数死傷させた(ウォーカー)

江戸時代にオオカミは神から凶獣へと変貌をとげた(栗栖)

 

とエピソードを挙げたうえでこう書いています。

 

127ページ

「増えすぎたシカ・イノシシを減らすためにオオカミを再導入する提案があるが(丸山2014)、オオカミがいた江戸時代にあっても、シカ・イノシシの獣害防止のために、農民は大量の鉄砲とシシ垣を必要としていたことを忘れてはならない。」

 

梶氏は

①           江戸時代にはオオカミによる人身被害、家畜被害が多発していた

②           オオカミがいた時代にもシカ・イノシシの獣害防止のために大量の鉄砲とシシ垣を必要としていた

③           だから増えすぎたシカ・イノシシを減らすためにオオカミを再導入する提案は意味がない。オオカミは人を襲うし、シカを減らして農業被害を防ぐこともできないのでいる必要がない。

 

と言いたいようです。

 

 

この梶氏の立論に対してここでは

  • 江戸時代のオオカミ害の検証姿勢
  • 江戸時代の農業被害と梶光一氏の見解

の2点から点検していきたいと思います。

 

 

  • 江戸時代のオオカミ害の検証姿勢

 

最初のオオカミ人身被害に関する部分では、梶氏が参照した文献の著者の肩書は

 

菊池勇夫 歴史学者

村上一馬 元東北歴史博物館学芸員 高校教員

ブレット・ウォーカー アメリカ人歴史学者

栗栖健 新聞記者

栗栖健から引用した「神から凶獣へ」というフレーズの元は、長野県の地元歴史家藤森栄一です。栗栖氏は藤森氏の文章をそのまま掲載しています。

 

つまり彼が参照した記録は、ウォーカーを除いて、地元に残る古文書を歴史家、新聞記者が掘り起こしそのまま記録したものでした。この方たちの著作や論文には、生物としてのオオカミについて情報を集めた痕跡は見当たりません。純粋に日本の古文献だけから情報を採り、その内容をそのまま信じている内容です。

ウォーカーは諏訪や加賀の事件についての千葉徳爾の研究内容の紹介について触れたほかは、オオカミ研究者の研究成果やアメリカやヨーロッパの文献を参照して、オオカミが人を襲うことはめったにないことだが、と懐疑的な筆致です。

 

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2023年9月 9日 (土)

梶光一著「ワイルドライフマネジメント」2【見かけの競争】説は非論理的

 

梶氏は前著「日本のシカ」第6章「捕食者再導入をめぐる議論」の中でも「見かけの競争」について触れています。そこではまだ、なぜそれが再導入反対に結びつくか、判然とはわかりませんでしたが、本書ではその理由がはっきりしました。

まず「見かけの競争」に関する部分を読んでください。

 

113p

ボイス博士の話で、とりわけ興味深かったのは、オオカミとシカの「見かけの競争」と呼ばれる関係である。カナダでは、もともとシンリントナカイはオオカミの密度の低いところで生息していた。しかし、森林伐採による生息環境の改変により、オオカミが食べるヘラジカ(同じくシカ科)の個体数が増加したためにオオカミが増え、加えて直線的な道路が開通したことによって、オオカミは道路を利用してシンリントナカイの生息地へ接近しやすくなった。こうして、数の増えたオオカミは希少種であるシンリントナカイを捕食したために、 個体数を激減させた。

このような関係は、「見かけの競争」と呼ばれ、捕食者であるオオカミに対して、被食者であるシカが2種(ヘラジカとシンリントナカイ)いた場合、被食者1(ヘラジカ)を食べることで捕食者の個体数が増加し、その結果、被食者2 (シンリントナカイ)が被害を受ける。「見かけの競争」とは、このように、被食者1(ヘラジカ)があたかも被食者2 (シンリントナカイ)に悪影響を与えるような相互関係をいう。カナダのオオカミはもとの生息地の85%まで分布を回復しているため、オオカミの管理が求められている。

オオカミが媒介する「見かけの競争」について、アポロニオ博士も報告していた。フィンランドでは、森林伐採によって林縁(林の周辺部)ができると、 餌となる草が生い茂り、それを利用したヘラジカも生息数が増加し、次いでへラジカを捕食するオオカミが増加し、増加したオオカミがシンリントナカイを捕食しているという。フィンランドでも、カナダとほとんど同じ連鎖が起きているのである。

 

117p

もう1つ示唆に富んでいたのは「見かけの競争」についての発表である。イエローストーンのオオカミ再導人の事例をもって、生態系を回復するために、 日本へもオオカミを再導入する提案がある(丸山2014) しかし、カナダとフィンランドで観察されているオオカミをめぐる2種の被食者の間の「見かけの競争」は、悲劇的な結末を予測するのである。つまり、生息地の改変―主要な被食者の増加―捕食者の増加―希少種に対する捕食の増加という「見かけの競争」の連鎖は、安易な種の導入は絶滅危惧種減少をもたらすことの警告であ る。たとえば,日本にオオカミを導入したところ、たくさんいるシカやイノシンのウリンボを利用してオオカミの生息数が増加し、増えたオオカミが天然記念物のカモシカを襲うという光景が想定されるのだ。ある地域の成功事例は必ずしも他地域の成功事例とはならないという教訓である。

(引用終わり)

 

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2023年9月 2日 (土)

梶光一著「ワイルドライフ・マネージメント」の非科学的な姿勢

 

 

梶光一氏が新著「ワイルドライフ・マネージメント」(東京大学出版会)を出版されているのを見つけたので読んでみました。

 

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全体としては梶氏の経験を通じて野生動物管理の歴史を理解する内容になっています。今行われているシカの管理にはほぼ梶氏が関わっていると考えていいようです。そのことに関しては敬意を表します。

しかし、彼がオオカミに関しての判断を誤っていることは指摘しておかなければなりません。判断基準そのものが間違っていると考えられます。

 

本書には食物連鎖とか栄養カスケードといった概念はまったく登場しません。梶氏は「自然は人間の生活と不可分であり、人間による適度な介入なしには、生態系維持もかなわない」、日本でも自然の形成には縄文時代から現在に至るまで人間が関わり、シカの個体数は人間の捕獲により調節されていた、そしてオオカミは人間にとっては邪魔な害獣だったと考えているからです。

 

本書の中でオオカミに言及している部分は4ヵ所あります。

  • イエローストーンのオオカミ再導入の結果について:オオカミや他の肉食獣の頭数は今以上には増えないにもかかわらず、エルクやバイソンの過剰採食は続いている。20年たつのに科学的コンセンサスが得られていない。
  • ロシアではオオカミによる人身被害が多発していた時期があった。「当時、オオカミは日常的に森林や畑にいる人々を攻撃していた」
  • 「見かけの競争」:草食獣が2種いるところへオオカミが登場すると多い方を食べて増えたオオカミが希少種である少数の草食獣を捕食して減らしてしまう可能性がある(つまり日本ではカモシカ)
  • 江戸時代の日本ではオオカミによる人身被害が多発していた。

 

オオカミについて言及する都度「増えすぎたシカ・イノシシを減らすためにオオカミを再導入する提案があるが(丸山2014)」・・・~を忘れてはならない、悲劇的な結末も予測する、と2度繰り返しています。また「ある地域の成功事例は必ずしも他地域の成功事例とはならない」とまったく否定的です。

 

今回は2のロシアでのオオカミ人身被害について検討します。

 

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2023年7月21日 (金)

キルギスのオオカミと畜産業の状況(2013)と日本のオオカミ再導入議論

ノルウェイのリンネル博士は、オオカミと人間の衝突の歴史を調べた2002、2021の「Fear of Wolf」でよく知られています。

その研究者が、「オオカミは人間の社会の変化に大きな影響を受ける」という観点で調査した論文を見つけました。牧畜と元社会主義体制という共通点のあるキルギスとマケドニアを比較しながら、社会主義体制から資本主義経済へ移行した国で、人々のオオカミへの意識がどのように変化したかを調べたものです。

 

The effect of rapid social changes during post-communist transition on perceptions of the human - wolf relationships in Macedonia and Kyrgyzstan

 

https://pastoralismjournal.springeropen.com/counter/pdf/10.1186/2041-7136-3-4.pdf

 

マケドニアに関しては「ヨーロッパのオオカミ事情」として日本への再導入の参考にするためメルマガでまとめましたので、ここではキルギスに絞ってその論文の内容を見ていきます。

 

  • キルギスの国情

中央アジアの真ん中に位置するキルギスは、中央アジアで2番目に貧しい国です。

現在のキルギスの主産業は農業および牧畜、鉱業であり、農業は主として輸出品目にもなっている綿花、タバコの栽培が活発に行われています。

マケドニアと比較すれば面積が広く、人口密度が低いのですが、これは地形的な条件と全体的な生産性の低さによるものです。

国土の70%以上が標高2000m以上の高度で、最高峰は7000m以上。総面積の47%が永久放牧地であり、羊の飼育に適しています。また国土の5%が森林であり、開けた地形です。

 

(キルギスの草原)

https://www.youtube.com/watch?v=JEmisLgX1kk&t=6s

 

オオカミは狩猟対象動物であり、狩猟期間や狩猟枠に制限はありません。おおまかな推定では、キルギスでは4000から6000頭のオオカミが生息しているとされています(Boitani 2003, Salvatori and Linnell 2005)。

 

  • 政治体制の移行

1876年にロシア帝国の一部となり、ロシア革命後はキルギス・ソビエト社会主義共和国としてソビエト連邦に組み込まれました。

ゴルバチョフによるソ連の民主化改革を受けて、1991年、モスクワからの独立を宣言し、民主政府を樹立し、国民国家としての主権を獲得しました。その経緯の中で、特に大きく影響を受けたのが遊牧民です。

 

  • 中央アジアにおけるオオカミと人間の関係

一般的にいえば、大型肉食獣の肉食性と広い生活圏の必要性から、古くから人間と空間や食料をめぐる競争が起こり、さまざまな経済的・社会的紛争が発生しています(Treves and Karanth 2003)。

ヒトとオオカミの間の最も一般的な対立は家畜の略奪であり、この対立により過去に大型肉食動物の数と分布が世界レベルで減少しました(Mech 1995, Breitenmoser 1998, Kaczensky 1999)。

 

もっとも、オオカミ害の経済的影響は、国レベルで見ると一般に低いようです。中央ヨーロッパにおける大型肉食獣の家畜への影響に関するレビューによると、ほとんどの地域で大型肉食獣に捕獲される家畜は1%未満であることが示されています(Kaczensky 1999)。

しかしキルギスのような貧しい国での経済的影響はどうなのでしょうか。以下が論文の概要です。

 

リンネル博士らはキルギスで2003年から2006年にかけて調査を行いました。調査は二ヶ所です。

(図1)

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2023年3月30日 (木)

「再導入オオカミに狂犬病が出たらどうやって管理する?」

狂犬病にかんする話題は、オオカミ再導入に対する反対意見として時々現れます。

確かに狂犬病は発症したら死を免れない怖い病気です。しかしこれを反対の論拠として持ち出される方は、狂犬病の何たるかをまったく知らず、オオカミとだけ結び付けられたイメージをお持ちのようです。

狂犬病はオオカミだけが持っている病気、と勘違いしていませんか。

 

狂犬病はすべての哺乳類が感染します。

そして感染動物に咬まれたときにだけヒトに感染します。

 

つまりヒトに感染させる危険性が最も高い動物は、身近にいて接触する機会が多いイヌ、ネコ、などのペット類です。

アメリカでは家に侵入する吸血コウモリによると考えられる発症も多く見られます。寝室にこっそりと入り込み、本人がわからないうちに首筋を噛んでいたりするようです。

 

狂犬病に関するあれこれを調べれば、オオカミの狂犬病による脅威がありそうもないことがわかります。

 

「狂犬病再侵入 日本国内における感染と発症のシミュレーション」(神山恒夫 地人書館 2008

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によれば

狂犬病は世界中で年間数万人が感染して死亡しています。その病気の特徴は

・すべての恒温動物が感染する。ヒトへの感染源となる可能性があるのはほぼ哺乳類に限られる。(コウモリも哺乳類)

・ヒトの狂犬病の感染源としては、必ず感染した動物が介在している

・ほとんどの場合、感染動物に咬まれることで感染する。感染動物の唾液に大量に含まれているウイルスが咬み傷から侵入するからである。

・ウイルスが無傷の皮膚から侵入することはない。

・したがって感染源となる動物は飼育されているペットなどが多く、イヌ、ネコ、その他のペットによるものが世界中の狂犬病の85~90%を占めている。

・感染源となった動物は、イヌ(飼育下から放れた放浪犬も含む)、ネコ、フェレットなどの肉食系が多く、リス、ハムスター、ウサギなども少ないながら可能性がある。前述のようにアメリカでは吸血コウモリも家の中に侵入し、感染させている。

 

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2023年2月 6日 (月)

ヨーロッパのオオカミ保護政策:ベルン条約、エメラルド・ネットワーク、生息地指令、ナチュラ2000とオオカミ保護

 

 

ヨーロッパの野生動物保護政策の歴史をたどると、以下のような条約、指令が登場します。

 

1979年4月 欧州経済共同体(EEC)  鳥類指令採択

1979年5月 欧州評議会  ベルン条約

1989年   欧州評議会  エメラルド・ネットワーク

1992年   欧州連合   生息地指令

1992年   欧州連合   natura2000ネットワーク

 

始まりは1979年EECの鳥類指令と欧州評議会構成国によるベルン条約でした。

 

  • 鳥類指令

当時の調査で現在のEU域内の鳥類種が減っていること、種によっては個体群レベルで減っていることが明らかになったことから鳥類指令が制定され、特別な保全措置の対象となる約200種を定めました。

当時はヨーロッパの大部分で狩猟期は8月から5月までの長期に及び、鳥が繁殖地に向かう途上で撃たれ、巣にいる時にでさえ撃たれていました。ツル、ノガン、サギ類やほとんどの小鳥が狩猟対象種であり、猛禽類はヨーロッパ大陸全土でごく普通に撃たれ、毒殺され、わなにかけられました。イギリスの大部分では猛禽類が居なくなり、野鳥を販売する大きな市場がベルギーの首都ブリュッセルで繁盛していました。現在「密猟」と呼んでいる行為のほとんどが合法だったのです。当時「害鳥」と考えられていた猛禽類や他の鳥を殺すことには報奨金が出され、国によって推奨され、実施されていました。この点、オオカミと同様です。

無差別に野鳥を虐殺していたことが世間の騒動を引き起こし、鳥類指令の採択に至ります。

 

  • ベルン条約

ベルン条約の締結も同じ1979年です。

ベルン条約は、正式名称を「欧州野生生物及び自然生息地の保全に関する条約」といい、1979年に欧州評議会によって設立されました。

拘束力のある国際法であり、欧州とアフリカの一部の国の自然遺産を対象として、特に自然生息地と絶滅危惧種(渡り鳥を含む)の保護に力を注いでいます。

この条約は次の3つの主要な目的を掲げています

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