梶光一氏が、「アメリカでさえオオカミ再導入は失敗に終わったのだから、日本でも失敗するにきまっている」という主張の論拠としている論文
History and Status of Wild Ungulate Populations on the Northern Yellowstone Range
By Jeffrey C. Mosley and John G. Mundinger
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0190052818300750
の結論部分をご紹介します。これは要約せず原文をそのまま翻訳しました。
まとめと結論
ノーザン・レンジに生息する野生の偶蹄類の多様な群れは、過去100年以上の間、非常に多くのエルクによって支配されていた。現在ではエルクとバイソンが共存しているが、エルクの数は激減し、バイソンの数が激増している。
1994年から2014年にかけて、ノーザン・レンジのエルク群は19,000頭から約3,000頭に減少し、その後4年間で回復し、2018年には7,579頭に達した。
1994年から2018年にかけて、エルクの群れの規模は全体で60%減少した。同じ期間(1994〜2018年)に、バイソンの群れは636頭から3,969頭へと524%増加した。
エルクの数がバイソンに比べて減少したのは、主にオオカミ、グリズリー、マウンテンライオンの数が増加したためで、エルクを捕食することは多いがバイソンを捕食することはない。
ノーザン・レンジのエルクの数は1994年から2018年にかけて60%減少したが、2018年のエルクの群れの大きさは、原始時代の個体数より約30%大きいままである。
バイソンについてはもっと大きな格差が存在し、2018年の群れサイズは原始個体群の約10倍である。
YNP内のオオカミ、グリズリー、マウンテンライオンの個体数が増加する可能性は低いため、バイソンとエルクの個体数が捕食の増加によって減少する可能性は将来的にも低い。彼らは現在、テリトリーをめぐる種内競争によってコントロールされている。
今日のノーザン・レンジにおけるバイソンとエルクの不自然な数の多さは、現代のYNPが作られる前の11,000年間、ノーザン・レンジの在来動物の個体数と生態学的プロセスが、ネイティブ・アメリカンの狩猟 、焼畑によっていかに重大な影響を受けてきたかを認めない、誤ったパラダイムに基づいた管理決定から生じたものである。このパラダイムに基づいた管理決定は、ノーザン・レンジの生態系を損なっている。
私たちはNPS職員が連邦、部族、州、民間のパートナーと協力し、ノーザン・レンジのバイソンとエルクの個体数を意図的に原始的な規模に回復させる順応的管理戦略を策定することを提案する。
この措置はバイソンやエルクから牛や馬、そして人間へのブルセラ病感染の可能性を減らすことにもつながる。
ノーザン・レンジのバイソンとエルクの個体数は現在、YNPの外で狩猟によって積極的に管理されている。バイソンを食肉利用するための捕獲・搬出も行われている。バイソンの肉を加工し、ネイティブ・アメリカンに卸している。ノーザン・レンジのバイソンとエルクの数を規制するための現在の努力は、おそらく大幅に拡大する必要があり、より強い決意を持って実施する必要があるかもしれない。また、ノーザン・レンジにバイソンとエルクの原始的な個体数を回復させるために、包括的な順応的管理の枠組みの中で、新しく創造的な方法
を開発し、適用することもできるだろう。
***
論文の超要約を続けます。前稿を含め文中「原始」とありますが、これは論文を一応忠実に訳しているのでこうなっています。実際はヨーロッパ人入植前、先住民だけがこの地域に居住していた時代、しかも誰かの目撃記録が残っている時代を指して「原始」と呼んでいます。目撃は当然ヨーロッパ人であり、その記録を後人が整理した数字です。
バイソン
オオカミ再導入後、エルクの数が減少するにつれ、バイソンの数は急速に拡大した。バイソンの個体数は、2004年に1,000頭、2007年には1,500頭、2010年には2,000頭、そして2013年には3,000頭を突破した。500頭を超える頃から冬には公園外へ出るようになり、頭数調整の努力が効果がなくなり、2000年から2018年までバイソンの個体数が7.4倍に増加した。2018年のバイソンの個体数は3,969頭で、在来動物の自然生息数を維持するという方針にもかかわらず原始の個体数の約10倍である。
現在YNP内の大部分において、エルクではなくバイソンによるブラウジングが、ワタノキ、ヤナギ、アスペンを制限している
オオカミやグリズリーベアがバイソンを殺すことはめったにない。バイソンはオオカミやグリズリーに襲われると、攻撃的に身を守る。バイソンはまた、他の偶蹄類に対しても攻撃的である。例えば、バイソンはエルクの子や家畜の馬を傷つけたり殺したりすることがある。時には人を襲う場合もある。
エルク
・対捕食者
オオカミとマウンテンライオンの捕食リスクに対応して、採食に適した草原から森林へと移動して警戒を強め、採食をする時間を減らすようになり、栄養価の低い餌を食べるようになる。そして繁殖率が低下する可能性がある。捕食リスクが低い場合でも、栄養価の低い飼料を摂取して繁殖は制限される可能性がある。
・頭数の減少
1988年と1994年の19,000頭をピークに、エルクの群れは2012年から2014年にかけて3,000頭または4,000頭まで減少し、その後4年間に回復して2018年には7,579頭に達した。
1994年から2018年にかけて、群れの規模は全体で60%減少した。エルク頭数の減少は、以下の時期と一致している:
1)1995年から1996年にYNPに再導入されたオオカミによる捕食の増加
2)拡大するグリズリーベアによる捕食の増加
3)拡大するバイソン個体群との競合の激化。
・越冬地の拡大
1920年代からほとんどのエルクが通常YNP内で越冬していたが、エルクの個体数が増えた1987〜1988年の冬以降YNP外で越冬するようになった。頭数が減少し始めてもその傾向は続き、YNP北部で越冬する群れの割合は、2006年から2012年まで毎年50%以上、2013年から2018年までは毎年75%以上、2017年には、エルクの89%がYNP外で越冬と高くなっている。
・越冬地へ移動の理由
1988年から1989年の冬にかけて多数のエルクが公園の北側で越冬を始めたが、その割合は冬の天候と相関していないことから冬の天候が大きな影響を与えたとは考えにくい。
この分布の変化は、以下の3つの出来事の同時発生と密接に関連している:
1)エルクの群れが原始の3倍にまで拡大し、YNP内部での種内の飼料競合を増加させたこと
2)1988年夏に大規模な山火事が発生し、生息地の状況が変化したこと
3)1986年に民間の牧場をエルクの群れの冬期生息地とするためにドーム・マウンテン野生生物管理地域を造成し、冬季生息地へのアクセスが増加したこと、この結果YNP外部での種内飼料競合を減少させた
である。
前記のエルク減少要因と、上記の越冬地に関連する3つの要因は、すべて相互に影響しあってエルクの分布に影響を及ぼした。
エルクは明らかに、YNP内外の相対的な一頭当たりの飼料利用可能量の差に反応し、多くのエルクがYNP外で採食することを選択した。
エルクが越冬地を拡大し始め、YNP北部の利用が増加したことがオオカミ再導入前の1988年から1989年の冬にかけてであったため、大型肉食獣の個体数拡大は、こうした変化を引き起こしているわけではなく、エルクの冬期放牧地利用の変化を永続させ、悪化させるのに役立っているようである。
Mosleyほかの論文を超要約してご紹介していきます。
梶氏が「ワイルドライフマネジメント」で引用していた論文
History and Status of Wild Ungulate Populations on the Northern Yellowstone Range
By Jeffrey C. Mosley and John G. Mundinger
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0190052818300750
は、イエローストーンで野生動物たちにどのようなことが起きたのかの歴史を解説し、同地の生態系を理解するには先住民の火入れと狩猟が重要な要素だった、それなしの管理政策は誤りだから人為的な圧力を強めなければならないと提言しています。
実はこの提言の前段にある野生動物増減の歴史が興味深いのです。本論は種ごとに経過を詳述していますが、事態を全体として理解するために時系列で
・最初期
・オオカミ再導入以前
・オオカミ再導入後
に組み換えて要約しました。
梶氏は、本論で言及されている「ヨーロッパ人の入植以前」のエルクの頭数と現在を比較して、1.3倍であり、オオカミはエルクを減らしていないと書いていましたが、実際にはオオカミ再導入以前の状態はもっと多かったことを言わなければ実態はわかりません。
・エルク原始状態との比較
1988年と1994年の19,000頭は自然界の原始的な個体数の3.2倍から3.9倍に相当する。
1920年代から1930年代にかけてのエルクの生息数は、1.7倍から3.9倍であった。
1928年NPS(国立公園局)の生物学者が、YNP(イエローストーン国立公園)内ノーザン・レンジの土壌と植生がダメージを受けたことを初めて記録したとき、その個体数は自然の2.2倍であった。
バイソン
歴史的な記録から、原始的な個体数の平均は冬期が200〜300頭、夏期が300〜400頭と推定されているが、1800年代後半、商業狩猟やスポーツハンティングによってほぼ絶滅し、1901年にはYNP内で在来のバイソンはわずか25頭しかいなかった。
エルク
1872年にYNPが設立された当時、ノーザンレンジの越冬エルクの総個体数は5,000〜6,000頭であったが、1860年代から1870年代にかけての狩猟によって、YNPが設立された最初の10年間はほとんどいなかった。
プロングホーン
1911年から実際の数を数え始めて平均150頭から500頭で推移した。1930年代に個体数が約700頭まで増えたとき、ビッグセージブラシを大量に採食してしまい、栄養価の高いエサが豊富なYNP外で越冬するプロングホーンが増えた。
ミュールジカ
1800年代後半から1900年代前半にかけて、ノーザン・レンジのYNP部分に生息し、1930年代から1970年代まで平均しておよそ500頭から1,100頭であった。水辺(つまり、川沿い)の落葉樹や低木を採食していた。
オジロジカ
1920年代に激減し、1930年までに実質的に絶滅した。YNP内で姿を消したのは、エルクの大量採食のためにYNP内の川辺のヤナギとワタノキの植物群落が消滅したのと時を同じくしている。
ムース
1900年頃生息するようになった。1930年代半ばから1940年代初頭にかけて約200頭生息し、主に公園北部のヘルロアリング・クリークとスロー・クリーク流域に生息していた。
ビッグホーン・シープ
1920年代半ばから個体数は100頭から500頭近くで変動している。
マウンテンゴート
1956年から1958年にかけて、モンタナ州魚類狩猟局(現MT-FWP)が23頭をYNP外に移植した。
各種の関係を図解するとこんな風でしょうか。この記録は概ね1900年前後から1930年ごろまでのことを記していますから、先住民の影響はありません。もしくはわかりません。
梶光一大先生ありがとうございます。素晴らしい論文を紹介していただきました
梶氏の「ワイルドライフマネジメント」のオオカミ再導入に関わる部分を散々に批判してきましたが、ごく稀に感謝したくなることもあります。今回はそれに当たりますね。
梶氏は第3章「シカ管理」で「その後のイエローストーン国立公園における自然調節をめぐる議論」と小項目を立て、以下のようなことを記されています。
「オオカミが再導入されてエルクの個体数が減少すると、今度はオオカミの果たす役割に議論が移った。しかし、数多くの調査研究が20年にわたって実施されたにもかかわらず、イエローストーン国立公園北部のエルク個体群調節に果たすオオカミの役割については論争が続いており、科学的コンセンサスを見ていない。
この捕食者を介在とする自然調節論争に決着をつけるかのような論文が最近、発表された。イエローストーン国立公園北部地域では、現生の時代のほうが現在よりもはるかに落葉性の低木と樹木が豊富であったが、現在はエルクとバイソンの過剰採食が繰り返されたため生息地の劣化が継続している(Kay 2018)。
北部地域で最も優占している有蹄類であるエルクとバイソンの2018年時点の生息数は、ヨーロッパ人入植前の個体数と比較して、エルクの個体数は1.3倍、バイソンの個体数は10倍も大きいと推定されている(Mosley and Mundinger 2018)。
一方、オオカミ、グリズリーベア、マウンテンライオンなどの捕食者の個体数は、テリトリー内の群れ間の種内競争によって制御されるため、捕食圧がこれ以上高まることはなく、これら捕食者の動物たちが今後有蹄類の個体数を減らす可能性は低いと想定されている(Mosley and Mundinger 2018)。
増え続け植生を脅かすエルクやバイソンに対して、捕食者の存在はもはや個体数管理につながらず、次の打つ手が求められている」
引用されたこの論文は2018年に発表され、
Mosley and Mundinger /Kay/Yonk/Hunter他、の4つの論文がまとまって一つの論旨を展開しています。
上記のようなエルクとバイソンの過剰問題は、歴史的に先住民による火入れと狩猟がノーザンレンジで重要な役割を果たしてきたことを見落としていたため起きた政策の誤りだった、だからノーザン・レンジのバイソンとエルクの個体数を意図的に自然の原始的な規模に回復させる適応管理戦略を策定することを提案する、としたものです。
梶氏が書いている引用は概ね正しいわけですが、重要なことを省いています。
Mosley and Mundingerのアブストラクト(のような部分on the groundとしています)には詳細は省かれていますので、それを引用しただけかもしれません。
省かれた論文の詳細部分には、オオカミや他の捕食者がエルクを減らした経過が書かれていました。
ノーザン・レンジでアメリカ政府が復活させようとしたのは、オオカミだけではありません。バイソンも復活させています。ほぼ絶滅状態から頭数をコントロールしながら増やし、近年ではコントロールできずに約4000頭まで増えています。これが原始状態の10倍です。
オオカミはエルクを減らす方向に働き、バイソンは増えたことで他の草食獣を追い出す力として働きました。エルクはというと、この論文は梶氏が引用した「ヨーロッパ人入植前の個体数と比較して、エルクの個体数は1.3倍」という数字だけでなく、こうも書いています。
「1988年と1994年の19,000頭は自然界の原始的な個体数の3.2倍から3.9倍に相当する。1920年代から1930年代にかけてのエルクの生息数は、1.7倍から3.9倍であった。1928年公園局の生物学者が、公園内ノーザン・レンジの土壌と植生がダメージを受けたことを初めて記録したとき、その個体数は自然の2.2倍であった。」
梶氏はオオカミ再導入以後、いかにも減っていないような書き方をしていますが、実際にはそれ以前はこれだけ多かったのをオオカミたちが減らしたのです。バイソンはオオカミにコントロールされず、エルクを公園内で減らす圧力になりましたし、公園から外へ追い出すような圧力になり、餌場(野生生物管理地域)を公園外に造ったことも相俟って、エルクはほとんど公園外越冬するようになり、公園外で少し増やす結果になりました。その結果が1.3倍ということです。
過去最低を記録した2012年から2014年にかけてエルクは公園内で3,000頭または4,000頭と推定されていますから、その時点で比較すれば0.6倍から0.8倍です。
外部から見ている私たちはこれを単なる揺り戻しだと考えてましたが、そうではなく別の要素があることがこの論文でわかりました。「エルクとバイソンの過剰採食」は、公園内のバイソン、公園外のエルクが主な問題なのです。
2023年9月の投稿の再投稿です。
梶光一氏は「ワイルドライフマネジメント」の江戸時代のオオカミによる事件を取り上げた部分で、
盛岡藩でオオカミにより馬が多数襲われ、捕食されていた(菊池)
弘前藩でオオカミの襲撃による多数の死傷者が出た(村上)
山形県(庄内温海)で狂犬病にかかった2頭のオオカミが人畜を多数死傷させた(ウォーカー)
江戸時代にオオカミは神から凶獣へと変貌をとげた(栗栖)
とエピソードを挙げたうえでこう書いています。
127ページ
「増えすぎたシカ・イノシシを減らすためにオオカミを再導入する提案があるが(丸山2014)、オオカミがいた江戸時代にあっても、シカ・イノシシの獣害防止のために、農民は大量の鉄砲とシシ垣を必要としていたことを忘れてはならない。」
梶氏は
① 江戸時代にはオオカミによる人身被害、家畜被害が多発していた
② オオカミがいた時代にもシカ・イノシシの獣害防止のために大量の鉄砲とシシ垣を必要としていた
③ だから増えすぎたシカ・イノシシを減らすためにオオカミを再導入する提案は意味がない。オオカミは人を襲うし、シカを減らして農業被害を防ぐこともできないのでいる必要がない。
と言いたいようです。
この梶氏の立論に対してここでは
の2点から点検していきたいと思います。
最初のオオカミ人身被害に関する部分では、梶氏が参照した文献の著者の肩書は
菊池勇夫 歴史学者
村上一馬 元東北歴史博物館学芸員 高校教員
ブレット・ウォーカー アメリカ人歴史学者
栗栖健 新聞記者
栗栖健から引用した「神から凶獣へ」というフレーズの元は、長野県の地元歴史家藤森栄一です。栗栖氏は藤森氏の文章をそのまま掲載しています。
つまり彼が参照した記録は、ウォーカーを除いて、地元に残る古文書を歴史家、新聞記者が掘り起こしそのまま記録したものでした。この方たちの著作や論文には、生物としてのオオカミについて情報を集めた痕跡は見当たりません。純粋に日本の古文献だけから情報を採り、その内容をそのまま信じている内容です。
ウォーカーは諏訪や加賀の事件についての千葉徳爾の研究内容の紹介について触れたほかは、オオカミ研究者の研究成果やアメリカやヨーロッパの文献を参照して、オオカミが人を襲うことはめったにないことだが、と懐疑的な筆致です。
2023年9月の投稿の再投稿です。
梶氏は前著「日本のシカ」第6章「捕食者再導入をめぐる議論」の中でも「見かけの競争」について触れています。そこではまだ、なぜそれが再導入反対に結びつくか、判然とはわかりませんでしたが、本書ではその理由がはっきりしました。
まず「見かけの競争」に関する部分を読んでください。
113p
ボイス博士の話で、とりわけ興味深かったのは、オオカミとシカの「見かけの競争」と呼ばれる関係である。カナダでは、もともとシンリントナカイはオオカミの密度の低いところで生息していた。しかし、森林伐採による生息環境の改変により、オオカミが食べるヘラジカ(同じくシカ科)の個体数が増加したためにオオカミが増え、加えて直線的な道路が開通したことによって、オオカミは道路を利用してシンリントナカイの生息地へ接近しやすくなった。こうして、数の増えたオオカミは希少種であるシンリントナカイを捕食したために、 個体数を激減させた。
このような関係は、「見かけの競争」と呼ばれ、捕食者であるオオカミに対して、被食者であるシカが2種(ヘラジカとシンリントナカイ)いた場合、被食者1(ヘラジカ)を食べることで捕食者の個体数が増加し、その結果、被食者2 (シンリントナカイ)が被害を受ける。「見かけの競争」とは、このように、被食者1(ヘラジカ)があたかも被食者2 (シンリントナカイ)に悪影響を与えるような相互関係をいう。カナダのオオカミはもとの生息地の85%まで分布を回復しているため、オオカミの管理が求められている。
オオカミが媒介する「見かけの競争」について、アポロニオ博士も報告していた。フィンランドでは、森林伐採によって林縁(林の周辺部)ができると、 餌となる草が生い茂り、それを利用したヘラジカも生息数が増加し、次いでへラジカを捕食するオオカミが増加し、増加したオオカミがシンリントナカイを捕食しているという。フィンランドでも、カナダとほとんど同じ連鎖が起きているのである。
117p
もう1つ示唆に富んでいたのは「見かけの競争」についての発表である。イエローストーンのオオカミ再導人の事例をもって、生態系を回復するために、 日本へもオオカミを再導入する提案がある(丸山2014) しかし、カナダとフィンランドで観察されているオオカミをめぐる2種の被食者の間の「見かけの競争」は、悲劇的な結末を予測するのである。つまり、生息地の改変―主要な被食者の増加―捕食者の増加―希少種に対する捕食の増加という「見かけの競争」の連鎖は、安易な種の導入は絶滅危惧種減少をもたらすことの警告であ る。たとえば,日本にオオカミを導入したところ、たくさんいるシカやイノシンのウリンボを利用してオオカミの生息数が増加し、増えたオオカミが天然記念物のカモシカを襲うという光景が想定されるのだ。ある地域の成功事例は必ずしも他地域の成功事例とはならないという教訓である。
(引用終わり)
2023年9月の投稿の再投稿です。
梶光一氏が新著「ワイルドライフ・マネージメント」(東京大学出版会)を出版されているのを見つけたので読んでみました。
全体としては梶氏の経験を通じて野生動物管理の歴史を理解する内容になっています。今行われているシカの管理にはほぼ梶氏が関わっていると考えていいようです。そのことに関しては敬意を表します。
しかし、彼がオオカミに関しての判断を誤っていることは指摘しておかなければなりません。判断基準そのものが間違っていると考えられます。
本書には食物連鎖とか栄養カスケードといった概念はまったく登場しません。梶氏は「自然は人間の生活と不可分であり、人間による適度な介入なしには、生態系維持もかなわない」、日本でも自然の形成には縄文時代から現在に至るまで人間が関わり、シカの個体数は人間の捕獲により調節されていた、そしてオオカミは人間にとっては邪魔な害獣だったと考えているからです。
本書の中でオオカミに言及している部分は4ヵ所あります。
オオカミについて言及する都度「増えすぎたシカ・イノシシを減らすためにオオカミを再導入する提案があるが(丸山2014)」・・・~を忘れてはならない、悲劇的な結末も予測する、と2度繰り返しています。また「ある地域の成功事例は必ずしも他地域の成功事例とはならない」とまったく否定的です。
今回は2のロシアでのオオカミ人身被害について検討します。
梶光一氏の4つめのミスリードは知床問題です。これは、2002年までさかのぼります。
梶氏は、「日本のシカ」第6章の中の「知床国立公園におけるオオカミ再導入の議論」にこう書いています。
「2001年に『しれとこ100平方キロメートル運動地森林再生専門委員会議の生物相復元ワーキンググループ』は、オオカミ再導入の検討を行い、オオカミによって、高密度のシカを減少させることは困難とし、オオカミ再導入は知床国立公園において生態的プロセスを復元することに正当性を求めるべきこと、狭い知床にオオカミをとどめておくことはできないため、オオカミの復元の実現には多くの人々がそれを望む時代の到来を待つ必要がある、との意見をとりまとめている」
さて、ここで私が疑問に思うのは、このブログで過去にも書きましたが、2002年発行の「しれとこ100平方キロメートル運動」機関誌「しれとこの森通信№5」には、「原始の再生に挑む」というタイトルで、当時の座長石城謙吉(いしがきけんきち)北大名誉教授のオオカミの復元に関するインタビューが掲載されているからです。彼はこう述べています。
「専門委員会議が全国に先駆けて生物相の復元を重要な課題としてとりあげ、その中でとくにカワウソやオオカミなどの復元を本格的に検討しているのは、食物連鎖の頂点にたつ食肉獣の復元こそは、原生的自然の再生という「しれとこ100平方メートル運動」の主旨にそうものと考えるからです」
石城座長は、2005年にも同様の主旨を知床博物館報告に、「しれとこ100平方メートル運動地森林再生専門委員会座長」の肩書きのまま書かれています。
「100 平方メートル運動の森・トラスト」と絶滅種の復元
http://shiretoko-museum.mydns.jp/_media/shuppan/kempo/2605_ishigaki.pdf
2017年に梶光一氏、飯島勇人氏編で出版された「日本のシカ 増えすぎた個体群の科学と管理」東京大学出版会(2017)は、現在のシカの爆発的増加に対処するシカ管理の取り組みを紹介した本です。
現在のシカ管理が、どのような考えの下、何を目指して実施されているのかがよく理解できる労作であることは間違いありません。
しかし、第6章「捕食者再導入をめぐる議論」(梶光一)は、いただけません。(彼にとっては)現在のシカ管理の対極にあるオオカミ再導入を否定したいがために、大きな勇み足を犯しました。
この章の結論部分で梶氏は、いつもの持論を展開しています。
日本にはオオカミ再導入のためのリスク管理の備えがなく、野生動物管理システムが整備されていない。いつかなうかわからないオオカミ再導入に頼らず、人間がシカを利用する仕組みを再構築し、野生動物管理の社会基盤を構築する必要がある。
「そのうえで、知床では、失われた生態系プロセスの復元のために広域知床生態系保護区を設置し、社会がオオカミを受け入れる時代の到来を待つというのが筆者の考えである。ただし、再導入したオオカミだけではシカの数を調節できないことは認識しておく必要がある」
「社会がオオカミを受け入れる時代の到来を待つ」なら、オオカミに関する欧米の議論も正確に社会に伝えなければなりませんが、彼はこの章で、引用文を何カ所も切り取り、彼の持論の「オオカミだけではシカの数を調節できない」という結論の根拠に都合よく使っています。これは原著論文と正確に比較すればわかるけれども、よほどよく知っていなければ、そうだったのか、と誤った印象をもってしまうようなやり方で、あきれるほどの巧妙さです。
いくつかの引用文のあえて行った意図的なミスリードを指摘し、梶氏への批判としたいと思います。
【梶氏執筆の「第6章捕食者再導入をめぐる議論」の問題部分。私のメモ入りですが】
梶光一氏のマッカラ-博士に関する記述、仕掛けはもっと複雑です。10年以上も前の「世界遺産 知床とイエローストーン 野生をめぐる二つの国立公園の物語」まで遡る必要があります。
マッカラ-博士は、著者紹介によれば「カリフォルニア大学バークレー校環境科学政策管理学部および脊椎動物学博物館、野生生物学名誉教授で、主な関心は草食動物、肉食動物両方の大型哺乳類の管理と保護」です。イエローストンにも関わりがあり、「日本のシカ」第6章捕食者再導入をめぐる議論」では以下のように知床での提言が引用されています。
ここにあるマッカラ-博士の提言内容は、博士が「オオカミの再導入とは大変困難な事業で、イエローストンでさえ苦労したのだから、日本の行政や土地の状況を見ればもっと大変で、いま知床に再導入できる段階ではないのは理解できるよ」と提言した、という内容の記述です。
これに関しては、以下のようなFace to Faceで聞き取った知床への関心の強さを知れば、違和感を感じざるを得ません。マッカラ-博士ご本人からはオオカミ再導入に積極的な意見しか出てこないからです。
IWMC2015 世界野生動物管理学術会議・見聞記①
http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2015/08/2015-ee3f.html
IWMC2015 世界野生動物管理学術会議・見聞記②
http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2015/08/2015-afa2.html
IWMC2015 世界野生動物管理学術会議・見聞記③
http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2015/08/2015-2465.html
IWMC2015 世界野生動物管理学術会議・見聞記 おまけ①
http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2015/08/2015-d4ee.html
IWMC2015 世界野生動物管理学術会議・見聞記 おまけ②
http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2015/08/2015-4809.html
マッカロー博士の提言の引用されている原典「世界自然遺産 知床とイエローストーン 野生をめぐる二つの国立公園の物語」にあたってみると、からくりがわかってきました。
第4章2節に「知床国立公園における野生動物管理 5.知床におけるオオカミ再導入の可能性」として、梶氏の引用した提言内容がほぼそのままの形でマッカロー博士の文章としてありました。
「今の日本の縦割り的な行政区分、複雑な土地所有の分布、緩衝地域の欠如、少ない人員体制、限られた公園管理の予算といった状況(山中、本書第2章14節)をふまえると、現時点では知床国立公園にオオカミを再導入できる段階ではない」
違うのは、(山中、本書第2章14節)という一文があるかないか、です。つまりマッカロー博士の提言は、すでに行われた議論の中で、日本側が主張したことを取り入れてのものだったのです。
«「日本のシカ」 第6章 捕食者再導入をめぐる議論(梶光一) のミスリード⑤オオカミがもたらす見掛けの競争は悪影響か?