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2012年7月

2012年7月23日 (月)

生物多様性国家戦略は日本の自然を見ているか~オオカミなしに生物多様性は語れない

生物多様性国家戦略のこと~ミソサザイからの提言

環境省は現在、生物多様性国家戦略の改訂を進めていて、8月5日までパブリックコメントを募集しています。

http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=15444

 パブリックコメントは、一般人が国に対して直接ものを言えるほぼ唯一の機会。この機会に、ちょっと関心をもってみませんか。

◆生物多様性国家戦略って、そもそも何?

私たち人間の社会は自然の恩恵なしには成立しません。その自然の健全さはたくさんの生物のつながりによって支えられていますが、人間活動の拡大によって地球上では平均すると1日に数種~十数種という凄まじいスピードで生物が絶滅しています。もし世界中の国々がそれぞれ、これまでどおりの開発行為を野放図に続けていけば、遠からず後戻りできない地点(ティッピング・ポイント)を過ぎて地球の生態系は加速度的に崩壊を始めてしまいます。人間がみずからの存続を危うくするほど地球環境を損なってしまう前に、何とかしなければならないと開かれたのがいわゆる「地球サミット」(1992年リオデジャネイロ)で、それを契機に環境に関する国際条約や会議などが開催されてきました。

このあたりの流れはWWFのサイトにコンパクトにまとめられているので関心のある方はこちらをご一読下さい。 

生物多様性条約

http://www.wwf.or.jp/activities/wildlife/cat1016/cat1327/


生物多様性条約と日本 

http://www.wwf.or.jp/activities/2010/05/830725.html


 条約締結国として、日本も、条文に書かれている「生物多様性国家戦略」を作成しなければなりません。


 生物多様性国家戦略とは、日本という国が生物多様性という分野に関して今後どのような国づくりをし、国としてどう行動していくのかをあらわしたもの。「人と自然の関わり方を見直し将来像を示すものとして作られる指針(環境省の説明会より)」です。


例えていうなら企業の社屋の正面玄関や社長室に額縁に入れて掲げられる「社是」のようなもの。「お手本」であり「作りました」と対外的にアピールするためのもので、書かれているから実現すると約束されたわけではないし、実現できなくても誰かが責任を問われるとかいうものでもありません。さらに、ここに書かれないからといってそれが否定されたということを意味するわけでもありません。

では何の意味も無いかといえばそうではなく、社是が社風を作りその会社の独自の存在価値の源となり、従業員の行動や思考も既定して将来的には会社そのものの存続をも左右するように、国家戦略も今の時点での国を挙げての行動指針(こう行動しましょう、という声がけ)なので、国民のひとりひとりが「これで良いか?」と考えてみるべきものです。

刻々と変わる国際的および国内的な情勢も反映するよう書かれているため、何だかとりとめのない感じの文書なのですが、これを読むことで、現時点で「国」が自国の自然をどう見て、将来像をどう考えようとしているかをうかがい知ることができます。

今回の改訂の目玉は2010年に開催されたCOP10名古屋(第10回の条約締約国会議)で決められた世界の新たな目標である「愛知目標」を内容に含めること、そして、国の将来像を考えるうえでの大きな衝撃となった東日本大震災の経験をふまえての内容とすることです。これに加えて、確実に訪れる人口減少も考慮に入れた国土全体の将来像の考え方を示す必要があります。

◆ 積み残しのオオカミ問題

 ところで日本はいま、増えすぎたシカによる自然環境の改変が進み、農林業被害だけでなく、各地で植生の変化や表土の流出による生物多様性の急激な低下が進行しています。これは日本の自然に本来備わっていた健全な頂点捕食者機能がオオカミの絶滅により失われたことに原因の一端があります。オオカミの絶滅後にその機能を補完していた狩猟者も、社会状況の変化によりその力を失ってきています。

わが国の生物多様性を将来にわたって維持回復してゆくためにはこの「自然の中に欠かせない頂点捕食者機能」を「いったいどういう手段で存続させていくのか」を真剣に考える必要があります。

 米国でイエローストーン国立公園にオオカミを再導入により復活させたのはこの機能の回復のためであり、その結果、地域の生態系の健全さが回復した実例があります。ですから日本でも、社会構造の将来予測を勘案すれば、人の手の届きにくい奥山地域の頂点捕食者機能は再導入によりオオカミを野生復帰させて自然の遷移にゆだね、人間による狩猟やカリング(間引き)の労力は里地里山に集中させるというビジョンが、合理的かつ環境倫理上も齟齬のない将来像であると言えます。

 しかし、生物多様性国家戦略には、改定案ではもちろん、従来のものにも、絶滅したオオカミのことをどう考えるかは何も触れられていません。シカ激増による生物多様性の低下は人間の社会が変化したことに起因する「第2の危機」と位置づけられており、


(生物多様性の危機については、環境省生物多様性センターの説明を参照:

http://www.biodic.go.jp/biodiversity/wakaru/about/biodiv_crisis.html

それは今回の改訂でも残念ながら変わることはありませんでした。

実は今回の改訂にあたり、NGO・NPOの意見も聞こうという会が2011年秋から催されていて、私たちはシカ激増の根底には人間がオオカミを絶滅させた「第1の危機」があり、それがめぐりめぐっていま現われているのだという点も併記するべき、と提言しました。環境省の担当者もその点には心を動かされた様子に思えましたが結局それらしい文章がもりこまれることはありませんでした。その理由は、改定案の33ページ、第4節「わが国の生物多様性の現状」の冒頭を見るとわかります。国家戦略を作る際の前提となる「生物多様性評価」の検討委員会および協力した208名の専門家が評価期間と設定したのは1950年代後半から2010年まで。そのあいだに起きた変化だけをみて物事を考え決めているため、それ以前に絶滅していたオオカミは最初から思考の外にある、というわけです。

でも私たちの国土の自然は、当然のことながら、1950年代に始まったものではありません。国家戦略の中では、わが国の基本姿勢として「100年計画」と銘打ち、「過去100年の間に破壊してきた国土の生態系を、次なる100年をかけて回復する」(55ページ第3章の第2節)「自然の質を着実に向上させることを目指す」と明記しています。明治期の野生鳥獣大乱獲時代からオオカミの絶滅を経て、戦争や山林乱開発などで荒廃していた時代。そこをスタート地点として環境の変化を評価し、そこから未来を描くことははたして妥当なのでしょうか。日本の生態学はオオカミの絶滅後に始まったものです。目の前の現象をそのまま記述する学問であるわが国の生態学には、自然の調節機能としての頂点捕食者の存在への視点が欠けているとの自覚は、専門家たちにあるでしょうか


◆ シカが国を動かした

もっとも、さすがの環境省も、自然の中から中・大型哺乳類をめぐる自然調節能力が失われている現状は認めざるを得なくなったようで、今回の改訂では、2010年版には無かった記述が入りました。58ページ、国土のグランドデザインで「奥山自然地域」に関する部分です。従来の書き方は、人の影響さえ遠ざけておけば自然は維持され何の問題もおこらないかのようなもので、いったい国は現実に起きているシカ問題をどれだけ深刻に受け止めているのかと機会あるごとにその点をパブリックコメント等で指摘してきました。今回の改訂案では《現状》にシカ問題の深刻さが記述され、《目指す方向》にも森林生態系への影響を抑制するためにシカの保護管理を進める、とあります。そして《望ましい地域のイメージ》には「ニホンジカが生態系に悪影響を与えない生息数に維持されている。」の一文が入りました。

「奥山は、人の活動は制限するけどあとはほっておけばよい」という感覚から「維持しなければ危うい」と明言するようになった「国の認識の変化」はとても意味のあるものだと思います。捕食者オオカミを失って自然の中で悪者扱いされねばならなくなったシカや、シカの影響で地域絶滅していく動植物の命たちが、ようやく国を動かしたというわけです。

あとは、この維持管理を将来にわたって現実的にどう担っていくべきか、担っていけるのか、という議論になります。その先の「生態系の健全な機能を維持回復させるための事業」であるオオカミ復活へとつながる、ほんのわずかな前進といえます。

◆ これからの課題

 生物多様性の保全と持続可能な利用に向けた今後の課題(51ページ)が5つあげられていますが、その中の「科学的知見の充実」というところには「自然科学と社会科学の総合的な分析や、対策のオプションと効果などに関する研究が十分に進んでいないため、将来の選択肢を提示できていない」と書かれています。オオカミ復活の問題はまさにこれにあてはまります。今回の改訂で、奥山で起こっている問題の深刻さをようやくみとめた国が、それではいつ「その修復にとりかかるかどうか」という選択肢を国民に提示することができるでしょうか。

シカはたった数年でその地の生物相を変化させてしまいます。事態は全国規模で拡大・進行しており、場所によっては(大台ケ原がその典型)明らかにティッピング・ポイントを過ぎてしまい回復不能な生態系も出始めています。時間の猶予はありません。

 また「いのちのつながり」の重要性をうたいながら、具体的な行動内容をよく読むと「つながり=場の形成」のみで、森林生態系の中大型哺乳類をめぐる物質循環とエネルギーフローは頂点捕食者オオカミの絶滅により途切れている、という事実についての考え方は何も示されていません。これは、「生態系サービスでつながる自然共生圏の認識」などと言って奥山で捕獲されたシカをどう人間領域に持ち出して消費・有効利用を促進するかを考えるだけでは十分な理解とはいえません。これは自然領域での腐食連鎖という重大な科学的知見が欠けていることからくるもので、そこについての研究の推進もぜひもりこむべきではないかと思います。

この国家戦略は適宜改訂されていくものという位置づけですが、次の改訂にはさらなる進展を期待したいと思います。 

2012年7月14日 (土)

ジビエではシカは減らせない【再論】①

2年ほど前、人間が食べてもシカは減らせないだろう、という疑問を次のような文章にまとめました。

シカ資源化への疑問~シカ肉を食べればシカが減らせるか?

http://blogs.yahoo.co.jp/pondwolf39/33256254.html

食味、価格、供給者の3点で大きな、解決できない課題があり、ジビエがすべてを解決するような報道は疑問だと、意見を申し述べたのですが、数年前から起きたジビエブーム、処理施設建設ラッシュの検証が始まり、裏づけがされつつあるようです。

***************

話題:大分県補助の施設に監査人注文 シカ肉加工「効果検証を」 

2012年07月06日

 業者は「猟師の数も限られ、シカ肉が計画的に入る状況が整っていない」と釈明。

所管の県中部振興局は「買い取り先も拡大せず、需給バランスが取りにくい。今後は

県産品商談会などでPRする」と話している。

 一方、別府の施設では、監査人がホテルを訪れてもシカやイノシシ肉の加工品はな

く、店員は「注文しておかないと入らない」と答えたという。報告書は「観光施設で

注文して後日受け取ることは考えられない」と疑念を示している。所管する県東部振

興局は「鳥獣被害防止には少しずつ貢献できるようになったと思うのだが……」と苦

しい説明だ。

 こうした現状に報告書は「成果が出なければ一部返還させるか、成果が上がった段

階で残りを払うか、補助金の効果を高める仕組みにすることが望ましい」と結論づけ

ている。

 大分県の11年度の鳥獣による農林業被害額は3億1280万円で、捕獲獣数はイ

ノシシ2万1315頭、シカ2万7811頭。大分県は11年8月、鳥獣被害対策本

部を設置し、15年度の被害額を2億円以下に抑えることを目指している。【田中理

知、祝部幹雄】

毎日新聞

http://mainichi.jp/area/news/20120706sog00m040009000c2.html


***********************

この記事は、

①猟師がシカを持ち込んでこない

ジビエの需要は拡大していない

監査で成果を問われ、補助金の継続の是否が問われている

と書いているのですが、もう少し解説を加えると

①猟友会は管理捕獲に毎週駆り出され、自らの趣味的狩猟にまで手が出せない、また猟師自体が減り続けているため、ということが考えられます。

②やはり食味の点で、牛、豚、鶏の食味が浸透してしまったなかでは、難しいということを示しています。

③そろそろ成果の出ない補助金支出に、自治体も耐えられなくなってきたような様子です。またジビエの普及にもからみますが、今猟師からの持込でジビエを普及させるには、買い取り価格が高くなりすぎ、下げるためにはさらに補助金が必要になるとしたら、、、、

ジビエの記事は、これでシカを減らす、という地元の意気込みが伝わってくる記事ばかりですが、その成果が問われるようになってきます。

本当のところ、シカを減らすことに貢献できるのか、今後の報道に期待しています。

2012年7月 1日 (日)

ナショジオ特集「オオカミとの戦い」と「オオカミを放つ」書評 池澤夏樹

だいぶ古い話題になりますが、「オオカミを放つ」が出版されたときに、

池澤夏樹さんが、毎日新聞に書評を書いてくれました。

著者の一人は大感激していました。

ファンだったらしいのです。

その後、ナショナルジオグラフィックに、「オオカミとの戦い」という特集が組まれたとき、

(イラストをよくご覧ください)

http://nationalgeographic.jp/nng/magazine/1003/feature02/illustration/index.shtml

ナショジオ編集部の副編集長にお会いしました。

そこで会話に、なんということか池澤夏樹が登場したのです。

「池澤さんの話の中に、ときどき出てくるんですよ。オオカミを放そうとしている人たちがいるんだよねえ」って。

書評を書いていただいたことをまだ憶えていていただいたようです。



「オオカミを放つ」出版が5年前、

「ナショナルジオグラフィック2011年3月号」発行が2年前

ちょっと古い話ですが、池澤夏樹の書評をどうぞ。

Photo_3

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