「捕食者なき世界」(ウィリアム・ソウルゼンバーグ)は日本への教訓に満ちています。
この本に書かれていることは現在の、あるいは数年後十数年後、数十年後の今の日本です。
著者は、数十人の研究者にインタビューを試み、様々に印象的な言葉を引き出し、そして文章にしています。日本の自然の現状を思い浮かべながらかみ締めて吟味したい重い内容を含んでいます。
この本を通じて、アメリカ人の研究者たちは、こう訴えています。
「生態系は複雑で、頂点捕食者を欠いた生態系では何が起きるのか、まだわかっていない。現在のところ、これほど人間にとって悪い影響が出ている」
ところが、ここに描かれたのと同じことがおきている日本では、頂点捕食者について研究者や、環境行政の専門家でさえ逆のことを言います。
「生態系は複雑で、オオカミを野生に戻すなんてことをすれば、何が起きるかわからない。検討の俎上にも上げられないし、考えることさえするべきでない」
どちらが正しいのでしょうか。
この本を自然保護に関心のある誰もが読んでほしいと思います。
私自身もこの本に登場する研究者一人ひとりに尋ねてみたい。日本の自然を見たときにどう感じるか。
尊敬すべきアメリカの生態学者たちのインタビュー、あるいは調査結果の記述を、日本の各地の状況と比較してお読みください。
●(ポトマック河畔は)戦火に焼かれたようだった。森の大部分は食い尽くされて地面がむき出しになっていた。もはや森の亡霊と化していた。すべてはシカのせいなのだ(ジョン・ターボー=プリンストン大学教授)
⇒天城山
http://blogs.yahoo.co.jp/pondwolf39/34323886.html
http://blogs.yahoo.co.jp/pondwolf39/34299072.html
●(シカに荒らされた)そのような森はいくらでもある。メリーランド州のカクトテイン山脈国立公園、ヴァージニア州のシェナンドーア国立公園、テネシー州のグレートスモーキー山脈国立公園、コロラド州のロッキー山脈公園まで行ったとしても、シカやワピチの群れが何者にも邪魔されず森の次世代を担う若木を食べている。(ジョン・ターボー)
⇒神奈川県・丹沢
http://blogs.yahoo.co.jp/pondwolf39/32829787.html
●オジロジカは、適応力があり、雑種のようにたくましく、驚くほどの広食性の草食動物で、草、つぼみ、花、胞子、果実等々、多種多様な植物と菌類を食べる。本来多産な動物で、栄養状態がよく、捕食者に追われることがなければ、生後1年たたないうちに子どもを産み、壮年期には一度に2頭から3頭を出産し、環境に恵まれれば、オジロジカの群れは2年で二倍に増える。
●「仕事であれプライベートであれ、ドイツの森を巡っていると、誰でも数日たたないうちに、狩猟鳥獣と森林を人為的に管理すれば結局鳥獣も森も破壊してしまうことに気づいて暗い気持ちになるだろう(アルド・レオポルド・1935年ドイツに招かれたときの感想)
⇒山梨県・早川町
http://blogs.yahoo.co.jp/pondwolf39/33129583.html
●(ウォラー、アルバーソン:ウィスコンシン大学の3人の若い植物学者のうちの一人)「わたしは幼いころからイトスギの茂る沼地は手入れされた公園のように林冠が開けていてずっと遠くまで見渡せる場所だと思っていた」が、「ところがメノミニ先住民居留地では1.5m先も見えなかった。イトスギの若木が茂っていたからだ。なんてことだ!これがイトスギの茂る沼の本来の姿なんだ」
⇒三重県・紀伊半島
http://blogs.yahoo.co.jp/pondwolf39/32839430.html
●ヴァージニア州西部にあるモノンガヒラ国有林の奥深く、これといった特徴のない盆地には、アメリカにおける希少ラン保護の未来を象徴しそうなものが立てられてる。そこは国内で新たに二ヶ所見つかったアメリカアツモリソウの自生地の一つだが、そのランは、サメ除けの檻に入ったダイバーのように高さ2.5mのフェンスでシカから守られているのだ。(ウェスリアン大学のラン専門家・キャシー・グレッグの調査地)
⇒高山植物はオリの中
http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2012/05/post-0585.html
●(引退していた野性動物生態学者アール・ホーネットが集めた狙撃手らは)夜陰にまぎれてハントリーメドウズ公園に入っていった。頭上ではヘリコプターがホバリングし、サイレンサーをつけた高性能ライフル、赤外線暗視スコープでシカの頭に狙いをつけ、一発で仕留めた。射撃が始まるとシカの数は減り始めた。と言っても、我慢ならないほど多かったのが、途方もないほど多い に変わった程度だった。
⇒知床ルサ地区におけるシャープシューティング
http://hokkaido.env.go.jp/kushiro/pre_2010/1125a.html
●食物網をパトロールする捕食者がいない状況下で、「私たちが守ろうとしているのは、自然がみずから管理できる自立した生態系でなく、既に崩壊し、自力では立ち行かなくなった生態系なのだ」(進化生物学者ジャレドダイアモンド)
●(100年ほど前に軽率にも本土の人が島にオグロジカを数頭放ち、過剰繁殖という生態学の放置実験を始めてしまった)ハイダグワイの森では、50年以上にわたってシカに若芽を食べられた結果鳴鳥の種の最大4分の3が消え昆虫の種は6分の1に激減した。多くは花粉の媒介者なので、植物が実を結ばなくなる。ハイダグワイの荒廃を見た研究者は鳴鳥と昆虫の衰退はシカのせいだと考えるようになった。(フランスの生態学者ジャン・ルイ・マルタンの調査地)
⇒犯人は増えすぎたヤギ 小笠原聟島の生態系破壊
http://www.japan-wolf.org/
●「今わたしたちにいえるのは、捕食者を締め出すと高くつくということだ。森林野生動物も犠牲になる。オオカミを追い出すと、鳥や植物など多くのものを失うことになるだろう。なぜなら、オオカミが自然を管理しているからだ。驚くかもしれないが、わたしたちが調べたことをよく検討すれば、誰でも、過剰なシカがもたらした問題をオオカミは確かに解決するし、場所によってはそれが唯一の解決策なのだと悟るだろう」(フランスの生態学者ジャン・ルイ・マルタン)
●10年がたち、ウォラーとアルバーソンは再び同じテーマの論文を発表した。数々の証拠を集め、「状況は許しがたいほどに悪化している」と、前にも増して厳しい口調で警告した。森をくまなく調査したが、どこでも古木だけで若木は育っていなかった。森はゆっくりと死に向かっていた(ウォラー、アルバーソン)
●(若い3人の植物学者は)「シカが増えすぎた森:ウィスコンシン北部への周辺効果」1988ウィスコンシンの森で見たことに加えてネブラスカやペンシルバニア、ロングアイランドの研究からも証拠を引き出した。種の絶滅、森の衰退、ライム病の蔓延、すべてにシカの過飽和があった(ウォラー、アルバーソン)
⇒屋久島
http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2012/03/post-7b6e.html
●肉食動物がいなくなり、ハンターが締め出され、草食動物にとって唯一の危険因子が自動車だけになった森は、どこも深刻なダメージを受けた。そのような状況がほとんどの国立公園で起きていた。シェナンドーア国立公園のビッグメドウ湿地のシカは、個体密度が1平方マイル150頭から200頭にもなり、キャンプ客が与えるスナック菓子で肥え太った。公園を管理する生物学者は、世界でその湿地にしか生えていない希少な植物群落を守るために緊急出動した。シェナンドーア公園の野生動物を研究するロルフ・グブラーは「わたしたちはモンスターを作ってしまったのだ」と嘆く。
滋賀県高島市朽木 下層植生が失われて昆虫が半減している
http://mainichi.jp/area/shiga/news/20120807ddlk25040510000c2.html
滋賀県高島市朽木 シカが下草を食べ、低木の枝葉を食べ、亜高木の樹皮をかじり、高木を這(は)うツル草を食べ、さらには落ち葉まで食べているという
http://mainichi.jp/area/shiga/news/20120807ddlk25040510000c.html
●テネシー州グレートスモーキー山脈国立公園の西側にある渓谷、ケーズコープは毎年200万人の観光客が訪れるが、そこで貴重なものが失われつつあることに気づいている人はほとんどいない。1940年に公園が開設されたとき、ケーズコーブはエンレイソウやスプリングビューティが多いことで知られていた。しかし現在、植物学者はエンレイソウを探すのに苦労している。1970年に記録された野性の花のうち、46種が2004年までに姿を消した。すべてオジロジカが好む植物だった。
ちょっと変だぞ日本の自然~奥日光の自然が大ピンチ
http://www.youtube.com/watch?v=CcWF7HjZfM8
●弱いオオツノヒツジは群れの仲間に比べて逃げ足が遅く、持久力もないため、おのずと最初のエサになる。捕食によって弱い個体や病気の個体が除かれるので、一見有害に見える捕食者の存在が、長い目で見れば種にとって有益になると一般に考えられている(野生生物学者アドルフ・ムーリー)
●(リップルとペシュタの調査では)グランドティトン国立公園では、長年にわたってオオカミとハイイログマとハンターがいなかったためヘラジカの密度が5倍になり、川沿いの森はぼろぼろになり鳴鳥の多くが姿を消した。ところがYSのオオカミがやってくるようになると鳥たちも戻った
●(YS)「ヤナギやハアコヤナギやポプラはワピチの食べられる高さから上は成長できなくなっていたが、今では回復しつつある。すべてはある出来事と同じ時期に始まった。オオカミの駆除と導入だ」
●数十年後には、エバーグレーズ国立公園の湿原の生態系にとっての水と同じくらい、イエローストーンにとってオオカミがかけがえのない存在であることが証明されるだろう」(ダグラススミス・再導入を実際に手がけた研究者)
⇒長野県知事の答弁
http://blogs.yahoo.co.jp/pondwolf39/35456638.html
新しい種を導入することは、生態系の撹乱要因になるので、慎重に考えなければならない
環境省は生態系保全の立場から、否定的な見解をとっている
●「私はこれまでの研究人生を通じて、オオカミが川の性質をコントロールしているなどとは予想もしていなかった。人生を通じて川のために働いてきたが、ここでは四足の動物がそれをやっているのだ。じつに驚きだった。オオカミが川を管理していたのだから」(ロバートペシュタ:水生生態学者)
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「捕食者なき世界」に見る景観は、そのまま今の日本です。日本の地名を置き換えればそのまま通じます。日光、大台ケ原、天城山、屋久島、霧島、祖母傾、櫛形山、雲取山、和名倉山、南アルプス、そのうち北アルプスも白神もその列に加わることになります。捕食者のいる生態系を再構築しなければ。
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