生物多様性の危機とは~二次的絶滅が日本で起きている
生物多様性国家戦略について、オオカミ復活すべし、と言う立場から記事を掲載しましたが、この国家戦略の、日本の自然の置かれた状態についての認識が、間違っているのではないか、という指摘を書いておきたいと思います。
環境省は、生物多様性の危機について、その原因を下記のように認識しています。
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/wakaru/about/biodiv_crisis.html
●開発や乱獲による種の減少・絶滅、生息・生育地の減少(第一の危機)
●里地里山などの手入れ不足による自然の質の低下(第二の危機)
●外来種などの持ち込みによる生態系のかく乱(第三の危機)
シカ等の野生動物が増えていることは、第二の危機で触れていますが、はっきりと原因を指摘するのではなく、単に「個体数増加が生物多様性に大きな影響を与えている」とするだけです。
NPO意見交換会に出席された環境省の担当の方には、「第一の危機でもなく、第二の危機でもない」危機なのだということはプレゼンさせていただきましたが、このような環境省の原因分析では、本当の日本の自然の中で何がおきているのか、を理解することができません。
この国家戦略のために聴取された識者委員の方たちの頭脳の中には、これを理解するカギがないように見えます。そうでなければまだ確信がもてずに発言を控えられているのではないでしょうか。
このカギは、アメリカでの議論にあるように思います。
たびたび引用しますが、「捕食者なき世界」(ウィリアム・ソウルゼンバーグ:著者は科学ジャーナリスト)は、このような問題について、アメリカ人の研究者が何を見つけ、アメリカでどのような議論がされてきたかを教えてくれます。
この章です。
第5章 生態系のメルトダウン
この章の主人公は、
ジョン・ターボー
1936年生まれ デューク大学、プリンストン大学教授(現在のことは不明です)
1990年ごろ既に、熱帯生態学の第一人者で、本書ではこう評されています。
「比類ない多様性を誇る熱帯雨林の生物に広く通じ、野外研究では一流の植物学者や鳥類学者、霊長類学者にひけをとらなかった。熱帯の生態系に関して、ターボーは例を見ないほど広い範囲にわたる重要な論文を発表していた。」
その生態学の第一人者が関心をもっていたのは、
「1988年に「世界を支配する大きな存在」という大胆なタイトルで発表した。彼が「大きな存在」の筆頭にあげたのは大型捕食動物だった。」
「もし私の考えているとおりなら、ジャガー、ピューマ、オウギワシといった熱帯雨林の頂点捕食者は、その生態系を安定させ、きわめて多様な動植物を維持する上で、中心的な働きをしているはずだ」」
その関心は以下のように公式に表明されました。
1980年、生物多様性の危機に触発されて「保全生物学」という分野が生まれ、その誕生を正式に宣言する書籍『保全生物学』(マイケル・スーレ、ブルース・ウィルコックス編)が刊行された。ターボーは研究仲間のブレア・ウィンターとともに「絶滅の原因について」と題する章を担当した。ふたりは、絶滅には主に二つの種類、一次的絶滅と二次的絶滅があると論じた。一次的絶滅は、種が小さな個体群に分かれて危機的に孤立――すなわち断片化――することや、気候変動や重大な事故によって引き起こされる、それは人間が自然界のそこかしこに斧を打ち込み、大自然の最後の砦まで崩壊させた結果であり、生物多様性が蝕まれるプロセスがありありと見て取れる。
しかし、ターボーとウィンターの興味を引いたのは、二次的絶滅というもっとわかりにくく、思いがけない絶滅だった。
「ロバート・ペインがマッカウ湾の潮間帯のヒトデを海に投げ捨てたところ、まもなくそこに棲んでいた生物種の半分が姿を消したことはよく知られるが、二次的絶滅の経過はそれによく似ている」とターボーとウィンターは書いている。「ここに、これまでほとんど誰も手をつけていなかった重要な研究分野がある。
頂点捕食者がいなくなると陸上の生態系にどのような影響が出るかについては、なにもわかっていないに等しい」
そして章の後半で実例をもって、二次的絶滅は頂点捕食者がいなくなることを契機として、連鎖的に(カスケード)起きるという意味のことを書いています。
こうした影響もあって、イエローストンの再導入の議論も進展していったのです。
「捕食者なき世界」で取り上げられている、捕食者を失った生態系の事例は、今日本で起きていることそのままです。
環境省の言う【第一の危機】によっておきたのは、100年前の【頂点捕食者の絶滅】でした。それに加えて【第一の危機】の中にあるもう一つの現象、開発行為によるシカの餌場の拡大があり、【第二の危機】里山の放置でさらにエサを増やして、現在の状況があります。そしてシカの爆発的な増加は、カスケード的に二次的な絶滅を呼びこみます。
シカがカモシカを高山から追いやり、減らしています。下層植生を食べつくし、その植物に依存して生きていた蝶や、鳥や、小動物がいなくなりました。土壌は乾燥し、土壌生物はいなくなります。シカは落ち葉まで食べつくし、落ち葉を分解して川を通じて海に送り込んでいた栄養素が断ち切られます。土砂が渓流に流れ込み、渓流魚がいなくなります。
これらは断片的に研究結果が出てきています。
日本では二次的絶滅に関する専門家の見解はほとんど紹介されていません。
岩波書店の「現代生物化学入門6 地球環境と保全生物学」(鷲谷いずみ、松田裕之ほか)に若干触れられていますが、十分にこの用語を解説し、日本の現状と結びつけて検討してはいませんでた」。
まして、二次的絶滅の原因になる頂点捕食者の存在の意義については、触れてもいません。
頂点捕食者不在をどうするかについて、日本ではアメリカで行われた議論とはまったく異なる状況にあります。頂点捕食者がいなくなった影響について議論するのではなく、頂点捕食者を日本の自然に戻すことは、
「外来種の導入であり、生態系にどんな影響が出るかわからない」ため、議論することさえしない
「現状よりも悪くしないことが重要だ。だから予測のつかないことはやめるべきだ」
というのが日本の研究者あるいは専門家の現在の態度のように見えます。環境省も今までは同じでした。議論の俎上にさえありません。
アメリカでは、頂点捕食者がいなくなると何が起きるかわかっていないが、頂点捕食者がいなくなった生態系では恐ろしいことがおきている、ということが議論の対象になっていました。
「これまでほとんど誰も手をつけていなかった重要な研究分野がある」と注意を喚起した研究者もいました。
日本で起きているのは、生態系の二次的絶滅そのものです。
ここに【日本では】ほとんどの研究者が手をつけていない重要な研究分野があるのに、誰も手をつけようとしていないかに見えます。
「捕食者なき世界」では、この章は、「緑が消える」というサブタイトルで終わります。
「あなたの周囲をみてほしい」「乾燥したアメリカ西部の草原は家畜に荒らされて、トゲの多い低木に覆われつつある。マレーシアの森は、野性のブタのせいで消えつつある。そしてアメリカ東部の森は、オジロジカに食い尽くされようとしている」
日本もそうならないために、かつて日本にいた【オオカミ】という頂点捕食者の存在を見直す必要があります。
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