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2013年9月

2013年9月18日 (水)

2002年知床はオオカミ再導入に傾いたことがある Ⅱ

 2002年の、知床100平方メートル運動機関誌「知床の森通信」2002年5月号)の再導入宣言から、どういう経過で、【反対】に行き着いたのか、その経過は明らかにされていない。

まるで密室で決められたようだ。

 機関誌には、その議論の経過が掲載されたことはないし(ずっと購読してチェックしている)、インターネットで検索しても、まったく出てこない。


 唯一、痕跡が残っているのが、知床博物館研究報告だ。


2005年26集(2005年3月刊)
http://shir-etok.myftp.org/shuppan/kempo/kempo26

「肉食獣の再導入問題をめぐって」石城謙吉 中川元 

http://shir-etok.myftp.org/_media/shuppan/kempo/2606_ishigaki-nakagawa.pdf

「オオカミ( Canis lupus) の保護管理及び再導入事例について」亀山明子・仲村 昇・宇野裕之・梶 光一・村上隆広

http://shir-etok.myftp.org/_media/shuppan/kempo/2607_kameyama-etal.pdf

「100 平方メートル運動の森・トラスト」と絶滅種の復元  石城謙吉

http://shir-etok.myftp.org/_media/shuppan/kempo/2605_ishigaki.pdf

絶滅種の人為的導入に関する法制度および社会的側面の課題~オオカミとカワウソを例として 加藤峰夫

http://shir-etok.myftp.org/_media/shuppan/kempo/2608_kato.pdf



 

 

 

2006年27集(2006年3月刊)

http://shir-etok.myftp.org/shuppan/kempo/kempo27


知床に再導入したオオカミを管理できるか 米田政明

http://shir-etok.myftp.org/_media/shuppan/kempo/2701s_yoneda.pdf


 これだけ。これで終わりだ。この2006年を境に、知床からオオカミに関する話題は出てこなくなる。

 2005年は、専門家委員会の石城座長が退任するタイミングだったと聞き及ぶ。


【この研究報告は、投稿スタイルのため、内容について博物館側の査読が行われるようなタイプのものではない。知床と多少のつながりがあれば、審査なしに投稿できるはずだ。】




2005年の26集が発刊された直後に、国際哺乳類学会議のなかで行われた知床が世界遺産に決定したことを記念したシンポジウムがある。

このシンポジウムで、イエローストーンから招いた研究者が、熱心に、謙虚に、知床へのオオカミ再導入を勧めるのに対して、日本側研究者は、ひたすら逃げまくる。

「私たちにはできない」の一点張りだ。

反対の理由を整理するとこんなことになる。

① とにかく予算がない、人がいない

② 組織が一元化されていない バラバラにそれぞれの思惑で動く

③ 環境省上席担当者は1~2年で交代し、政策の継続性がない

④ どこがイニシアチブを持っているかわからない

⑤ 人々のオオカミに対する意識は100年の間に悪化している

⑥ 畜産業の反対があるにちがいない

⑦ 多すぎるシカが減らせるかどうかわからない

⑧ 環境改変によって、環境収容力が増加しているかもしれない

⑨ 野生動物による被害補償制度は制度的概念さえない

(⑩法律が整備されていない)


この様子は、「世界遺産 知床とイエローストーン~野生をめぐる二つの国立公園の物語」

という本に詳細に記録されている。それについて、私が整理しているのがこれ。

http://blogs.yahoo.co.jp/pondwolf39/33901873.html


この2005年から2006年の間に、知床の「オオカミ再導入」に関する意見は180度転換した。

キーマンは誰だろう。



2013年9月10日 (火)

2002年知床はオオカミ再導入に傾いたことがある

知床100平方メートル運動機関誌「知床の森通信」2002年5月号に、以下のような記事が掲載された。

「復元生物の検討がさらに進みました」という見出しの下、絶滅した哺乳類としてオオカミとカワウソが紹介されている。

 

「両種とも再導入には多くの課題があり、今すぐの実現は困難。しかし、本来の自然の営みを復元するためには欠かすことができない主役たちである。すでに絶滅しており、ロシアなどに遺伝的な違いの少ない種が現存していることから、再導入しても遺伝子汚染とはならない。知床であればこその「百年の夢」として引き続きじっくり検討していく」

このとき知床100平方メートル運動の森林再生専門委員会議の座長、石城謙吉座長が、

「専門委員会議が全国に先駆けて生物相の復元を重要な課題として取り上げ、その中でとくにカワウソとオオカミなどの復元を本格的に検討しているのは、食物連鎖の頂点に立つ食肉獣の復元こそは、原生的な自然の再生という「しれとこ100平方メートル運動」の主旨に沿うものと考えるからです」

自分たちが先頭切って検討を行うという決意を述べられています。

このときの専門委員の先生方は(肩書きは当時)

石城謙吉 北海道大学名誉教授

青井俊樹 岩手大学農学部教授

梶 光一 北海道環境科学研究センター自然環境保全科長

甲山隆司 北海道大学大学院教授

石川幸男 専修大学北海道短大教授

山崎 猛 運動推進本部役員

石井政之 運動推進本部役員

その後、なんのお知らせもなく、いまは知床は、オオカミ再導入はできないといっているようです。

だまされたよね。

Img079_2

2013年9月 5日 (木)

「ネバー・クライ・ウルフ」の功罪

 

オオカミのイメージが悪かったのは、ヨーロッパもアメリカも同じだ。

 

アメリカではイエローストンへオオカミ再導入されるまでに、そのオオカミイメージがある程度よいものに転換した。

 

アメリカでオオカミのイメージを大きく変えた書物が、オオカミを追い続けて研究したアドルフ・ムーリーの「マッキンレー山のオオカミ」(1944)と、カナダ人小説家ファーレイ・モウワットの「ネバー・クライ・ウルフ」(1963)だ。

 

特に「ネバー・クライ・ウルフ」は、その後ディズニーが映画化するなど、オオカミのよいイメージを作り上げた功績は大きい。

 

モウワット自身と思われる主人公が、アラスカのオオカミを追いかけて、イヌイットの村に住み、なおかつオオカミの食べるものまで追体験してみせるというシーンは、強いイメージを残したらしい。

 

しかし、そのイメージが強すぎ、この作品が小説だということを忘れさせてしまう罪もあった。フィクションを本当のことと信じさせてしまうとは、小説家としては賞賛されるべきかもしれない。

 

 

「ネバー・クライ・ウルフ」のエピソードは、アドルフ・ムーリーの研究成果を脚色したものだった。

 

ハンク・フィッシャー(ディフェンダーズ・オブ・ワイルドライフ)は、イエローストーンへのオオカミ再導入の経験を描いた「ウルフ・ウォーズ」で、「ネバー・クライ・ウルフ」について、こう書いた。

 

 

 

 ムーリーの科学的論文とモウワットの本は、クライマックスのシーンで著者がオオカミの巣穴に入り込むところまで、驚くほど似ている。モウワットはあれは自分の経験だというかもしれないが、彼の本のほとんどはムーリーからの借り物のようだ。彼が他の研究者に信用がないため、彼の本は、科学者からは酷評されることになった。その一つがピムロットだった。(ピムロット:カナダ人研究者、アルゴンキン公園でオオカミの研究に従事。カナダで尊敬を集める生態学者)

 

 

 ピムロットは、その本について「空想とファンタジーと他の研究者の成果」のブレンドだと形容した。モウワットの上手さと共感を呼ぶオオカミの描写は認めるけれどもといってこう結んだ。「もしこれが本当に事実に基づくフィクションとして発表されたなら、ネバー・クライ・ウルフをもっと楽しめただろう。しかし、その発表がノンフィクションとしてのものだったのは、たいへん残念なことだ。」

 

それにもかかわらず、この本はそれ以前の科学的な業績をあわせたよりも、一般市民のオオカミへの興味と関心をかきたてた。

 

 

 

 

この本の功績は、オオカミへの関心を高め、イメージをよい方向に引っ張った一方で、ファンタジーを事実と思い込ませてしまった。

 

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