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2018年8月26日 (日)

「日本のシカ」第6章捕食者再導入をめぐる議論(梶光一)のミスリード③

3カ所目は、第6章の最後にある梶氏の

64 知床へのオオカミ再導入についての私の見解」

の中の引用について触れます。

003

 

この部分で、梶氏は

「ガイスト博士は北米のオオカミ安全神話に警鐘を鳴らし、住居、農村、町などの多様な景観が利用されている地域ではイヌとの交雑が起こる可能性を指摘するとともに、オオカミと人間の共存には広域スケールが必要であるなどの肉食獣の保全の包括的な政策を提言している」(Geist 2008

 

「リネル博士とアレウ博士は、オオカミに関する歴史的記録と近年の報告を分析して、オオカミによる人身被害の記録は膨大にあり、狂犬病に罹患していないオオカミの場合にも、特別な環境の状況(被食者の欠如、大きく改変された景観、攻撃されやすい行動に多くの人間が従事しているなど)で人身被害が繰り返し発生していること、現在はオオカミが低密度なためこのような状況にはないが、ヨーロッパや北米で、将来、人間に対する恐れを失ったり、人馴れするオオカミが出現するリスクについて注意を喚起している」(Linnell and Alleau 2016

と、オオカミがイヌと交雑し、人馴れして人を襲う危険があると断言したかのような引用をしていますが、本当にそう書いているのでしょうか、またその主張には信憑性があるのでしょうか。

 

 

●リネル博士の2002年「Fear of wolf

 

リネル博士は、2002年にノルウェイの研究機関が行った調査の総元締めとして有名です。ですから、彼が今更のように人馴れの危険に注意を喚起しているというのは違和感を覚えます。

 

NINA Norsk institutt for naturforskning.

The fear of wolves: review of wolf attacks on humans.

 

https://mobil.wwf.de/fileadmin/fm-wwf/Publikationen-PDF/2002.Review.wolf.attacks.pdf

 

この報告は、ヨーロッパの著名なオオカミ学者18人によるもので、EUでオオカミが保護動物になり、増え始めたヨーロッパの人々から、オオカミへの恐怖心を取り除き、オオカミによる襲撃リスクを減らすマネジメントの提案をするために行われました。前書きにそう書いてあります。

そのため、ヨーロッパからアジア、北アメリカまでのオオカミによる襲撃事件の文献を過去数百年さかのぼって詳細に調査したレポートです。

 

このレポートで彼らはオオカミの攻撃要因を4つあげています。 

(1) 狂犬病

(2) 人馴れ

(3) オオカミに対する虐待 

(4) 大きく改変された環境:たとえば自然の餌がなくなる、餌になるゴミ捨て場、家畜の頻繁な捕食、羊飼いを任されて放置状態の子ども、人間社会の貧困、オオカミを臆病にさせるための銃の不足など

 

梶氏はリネル博士とアレウ博士が「ヨーロッパや北米で、将来、人間に対する恐れを失ったオオカミが出現するリスクについて注意を喚起している」と書いていますが、人馴れによるリスクについてはこの時すでに、「過去の事例の分析結果として」挙げられているものです。


 

2016年の論文

 

リネル博士は、この2002年のレポートにその後の事例を加えて2016年に論文を提出したものと思われます。梶氏が参考文献に挙げたのは、この論文です。

 

Predators That Kill Humans: Myth, Reality, Context and the Politics of Wolf Attacks on People

人間を殺すオオカミ:ヒトを襲撃するオオカミの伝説、現実、文脈そして政策

John D. C. Linnell

Julien Alleau

 

https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-3-319-22246-2_17

 

梶氏の引用ではアブストラクトに書かれている以上の内容はありませんから、アブストラクトを日本語訳してみました。

 

アブストラクト

 

「大型肉食哺乳類の17種はヒトを殺したと記録されてきた。これらのうちの5ないし6種だけが一定の根拠をもってそうしたとされているのであるが。

一般的には人間への捕食的な攻撃はまれであり、様々な矛盾する報告がそうした攻撃におけるメカニズムやパターンを認識し、場所や時間のバリエーションの説明することを困難にしている。

他の種とは対照的に、オオカミによるヒトへの攻撃の範囲は、最近10年間で強い議論の対象になってきた。

オオカミの賛成派、反対派によって神話が競って提出されてきた。そして問題は、田舎の自然や一般的な野生動物保護を変えてしまうことに関係して社会的に多様な軋轢が政治的にからみあうようになってしまったことである。

歴史的な記録や最近の報告の両方の考察によって、オオカミが多くのヒトへの襲撃事件に関わっていた大量の証拠が出てきた。

これらの事件の多くは狂犬病のオオカミに関わるものであるけれども、捕食的な事件が起きている多くの証拠もまた存在する。

これらは、環境的な要因の特別な組み合わせ(野生の獲物がいない、環境の重大な改変、攻撃されやすい活動にヒトが高密度で従事していること)が関係しているので、そうしたことはもはやほとんどの地域で存在せず、現在ではほとんどのオオカミ分布地でオオカミによる攻撃のリスクは非常に低い。

北米とヨーロッパの新たな状況は、恐れのない人馴れしたオオカミの出現に関係しており、適切な脅威評価、緩和策、および対応策の開発に慎重な検討が必要である。」

 

全体の論旨としては、過去から現在まで起きた事故を詳細に正確に分析し、将来、そのようなことが起きないよう対応策を考えましょう、と考えていいと思います。2002年の報告と同じ方向を向いているものです。

リネル博士は、2002年の報告書の前書きにこう書いています。

「古いことわざ『正直こそが常に最善の策である』はまったく正しい」

 

●人馴れへの注意喚起

 

リネル博士、アレウ博士は、梶氏が書いたように「オオカミが現在は低密度なためこのような状況にはない」ではなく、

「これらは、環境的な要因の特別な組み合わせ(野生の獲物がいない、環境の重大な改変、攻撃されやすい活動にヒトが高密度で従事していること)が関係しているので、そうしたことはもはやほとんどの地域で存在せず、現在ではほとんどのオオカミ分布地でオオカミによる攻撃のリスクは非常に低い。」

と書いています。

 

だいたいオオカミの生息密度はナワバリ性のため、どこでも極めて低いものですから、低密度などは理由になりません。「攻撃を誘発するような条件に合致する地域はほとんどない」ため、「リスクが非常に低い」と書いているのです。

また、過去の教訓としても現在の状況としても、人馴れの可能性はあるので、その「適切な脅威評価、緩和策、および対応策の開発に慎重な検討」をするべき、と注意を喚起しています。

 

「出現するリスク」を警戒するのと、「適切な脅威評価を検討する」では、ニュアンスがだいぶ異なります。ここでも梶氏は、文章に含まれるニュアンスを書き換えました。

 

 

●ガイスト博士とはどんな人物?

 

その前の段落のガイスト博士については、別の疑問があります。

ガイスト博士は、英文ウィキペディアによれば、カナダの生態学者で、1938年生まれ、現在80歳です。

1977年からカルガリー大学で教え、彼の研究業績にはMountain GoatDeerPronghornWild SheepMule DeerBuffaloElk、mountain Sheepなどが並んでいますから、主に草食動物の研究をしていた人です。オオカミについては、草食動物の研究の際に観察していた、という程度です。そしてハンティングにも精通しているようです。その点では、梶氏がシンパシーを感じるのも無理はないと思います。

 

参考文献にあるガイスト博士の論文は

BEYOND WOLF ADVOCACY, TOWARD REALISTIC POLICIES FOR CARNIVORE CONSERVATION

Winter 2008 Fair Chase

 

Fair Chase とは、ハンティング雑誌のようです。 Fair Chase という用語は、ルールに則った倫理的な正しいハンティングをしようという意味で、セオドア・ルーズベルト大統領が1886年に創設したハンターの団体であるBoone and Crockett Clubが定義したものです。

つまり梶氏が参考文献として挙げたガイスト博士の論文は、狩猟雑誌に掲載された彼のエッセイ、評論というべきで、学術論文ではありません。

Boone and Crockett Clubのサイトにも掲載されています。

 

https://www.boone-crockett.org/conservation/conservation_geist2.asp

 

オオカミに関するガイスト博士の見解は、OUTDOORHUBというサイトにもインタビュー記事が掲載されていました。

 

https://www.outdoorhub.com/opinions/2013/08/14/the-future-of-north-american-wolves-interview-with-dr-valerius-geist/

 

 

かれはそこでこう話しています。

「私は研究生活と4年の隠退生活の間は、同僚たちに影響されてオオカミという動物は好奇心が強く、知的で、シャイで警戒心が強い、そして無害だと考えていた。しかしそれは間違っていた」

引退後にバンクーバー島で隠退生活を始めると、自宅周辺にオオカミが出没し、ムースをはじめとする獲物動物がいなくなった後、オオカミが自分の家をうかがっているような怖い思いをしたから、というのが、彼の語る考えが変わった理由です。オオカミは好奇心が強いと同僚たちも言っていたはずなのですが、そのオオカミは射殺されました。

彼は、特に獲物がいなくなったとき、オオカミは人間を餌とみなすようになる、と自宅周辺のできごとを基に考えるようになり、それ以降、「オオカミは無害、というのは神話だ」とまで力説するオオカミ反対の有力な人物になったようです。その点でも梶氏はシンパシーを感じているのでしょう。

 

さて、梶氏が引用した部分については、どうでしょうか。

「住居、農村、町などの多様な景観が利用されている地域ではイヌとの交雑が起こる可能性を指摘するとともに、オオカミと人間の共存には広域スケールが必要であるなどの肉食獣の保全の包括的な政策を提言している。」

とありますが、「イヌとの交雑の可能性」警鐘について原著を検証すると、根拠は薄弱です。

ガイスト博士は、イヌとの交雑、ハイブリッドウルフが人間を襲う危険を指摘しているわけですが、彼の判断の基にあるのは、あるWolf Park に研究のため訪れた24歳の女性生態学者トリシャ・ワイマンが飼育されているハイブリッドウルフに殺されたという事実です。

特にアメリカでは、ペットとしてのハイブリッドウルフの需要が高いことを念頭に置く必要があります。

そのような飼育下の事故を基に、田園地帯でイヌとの交雑が起こるという判断の根拠を示さずに、両者を結びつけて「危険」としているわけですが、果たしてそのようなエビデンスなしの評論が、立派な専門書に引用する文献として適切なのでしょうか。

 

梶氏は自分の主張、オオカミが怖いという感情を正当化できる文献ならなんでもいいようです。

 

 

 

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