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2019年7月21日 (日)

ジビエについて再論。その2 オオカミ復活とジビエ振興は両立する?

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オオカミ復活論入門

誰でもわかるオオカミ復活を知るためのの理論、歴史、文化、思想

 

http://www.mag2.com/m/0001681617.html

 

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オオカミ復活論入門

 

号外   ジビエについて再論。その2 オオカミ復活とジビエ振興は両立する

 

2019年7月21日

                                                                                                  By Asakura

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号外はブログでも公開します。

 

田中俊徳さん(東大特任助教)の論考を元にして、ひょっとしてオオカミ復活とジビエ振興は両立するかもしれないことを考察したいと思います。

 

ジビエ振興の障壁は何か

https://www.shinrinbunka.com/wp-content/uploads/2017/03/50f26c530211362002514adf18b12b21.pdf

を参照しつつお読みください。

 

参考に私の論考も

ジビエを食べればシカは本当に減るのか?

http://japan-wolf.org/content/2016/01/31/ジビエを食べればシカは本当に減るのか%ef%bc%9f/

 

田中俊徳さんは第2章「ジビエをめぐる文化的背景」以下でジビエの障壁の具体的な内容について論じています。

まず文化的背景に関しては重要な観点を指摘しています。ヨーロッパでは狩猟が貴族によるスポーツハンティングとして残ったため、上級財(所得の増加とともに需要が増える財)であり、日本では仏教の影響から肉食を禁じた日本では下級財(所得の増加とともに需要が減る財)の性質をもっている、というのです。(河田幸視(2011)「どうしてジビエ(獣肉)利用は進みにくいのか?」(畜産の研究65))

 

次に流通の側面の課題として、1.食品衛生法、2.安定供給、3.価格、4.情報の非対称性を取り上げ、詳細に論じています。

食品衛生法は獣肉の取り扱いを既存の施設で行ってはならないことを決めているため、食肉処理場建設の費用、維持費がかかります。

ジビエの販売量を確保するためには安定供給が必須なのですが、シカの頭数が減るほど捕獲場所は遠くなり、捕獲運搬コストは高くなり、供給価格に反映します。シカの生息密度と捕獲運搬コストが負の相関を持つため、捕獲が進めばジビエの捕獲運搬コストが高くなり、経営そのものが難しくなるという問題も障壁です。解決策としてはシカ肉の需要を喚起し、販売価格を高くするしかないと結論します。

4つめに挙げた障壁「情報の非対称性」という問題は、経済学で、「商品に欠陥がある場合、情報格差があると買い手は不安感から割り引いて購入するか購入しない行動に出ること」を指しますが、ジビエは野生であるため、肉質が一定ではなく、売り手すら十分に情報をもっていない可能性が高く、まさに情報の非対称性が考えられ、そのため価格を引き下げる方向に引っ張られてしまう可能性があります。

その問題を解消するために、ジビエ認証や肉のランクを決める格付けの制度が考案され、ブランド化の方向に向かうことを田中さんは評価しています。

 

田中さんがこうした障壁を克服するために挙げた方法は、ジビエの印象を良いものに変えていく、これ一択です。そうして下級財を上級財に転換することで高くても売れる商品として流通させようということですが、それを実現するためには、情報の非対称性を解消するジビエ認証や格付け制度を充実させ、安心感を与えることが必要になります。

そして様々な課題、「食の抱える構造的問題や生命倫理、地域の持続的発展の在り方」をみんなが知ることが必要ともいっています。

この大きな文化的な転換の手掛かりは「みんながそれを知ること」です。

「尊い生命を無駄にせず、地球環境への負荷を減らすためにも、「森のめぐみ」を通じて、新たな生物文化を耕し直す必要があるのではないだろうか」

そのために「食の抱える構造的問題や生命倫理、地域の持続的発展のあり方について広く知る機会が求められる」

と結んでいます。

論者は、知ることで私たちがジビエに対する見方、害獣という概念そのものを「私たちに良質なたんぱく質を提供し、農村や食料の持続可能性を高める貴重な益獣」に転換することができる、はずと人間側の認識を変えることに解決の道を見いだしたということになります。

 

これが論者田中さんの結論になるわけですが、いくつか違和感を感じる部分はあります。

たとえばシカが減って獲りにくくなることでコストが上がるため、売れなくなるので、シカ肉の需要を喚起し、販売価格を高くするしか解決方法はないと言っています。

私はシカ肉を普通財と考えていたので、価格を下げなければ量的拡大はないということを疑いませんでした。しかし、上級財に転換できるなら、話は別です。

本当に転換できるのであれば、いいでしょう。私は味覚の点から、それはちょっと難しいかな、とは考えています。様々な情報を仕入れることで味覚が変るかといえば、変わらないと考えざるを得ません。味覚というのはけっこう保守的なものだと思います。外部からの情報で変えられるかどうか、もう少し検討が必要でしょう。

 

また論者はシカが減った場合のコストを見ていますが、能力については考慮しません。狩猟者の人数とカバーする範囲、そしてどこまでも山地を追いかけていく能力のことです。技術の力でカバーすることができるかどうか、疑問を感じざるをえません。

論者は脚注でオオカミ再導入に関する議論を「現在の社会状況からすると難しい」と検討もなく一蹴していますが、私は「日本全国のシカを減らす狩猟者の能力」に関しては、よくよく検討した結果、「それは無理!」と考えています。それこそ「現在の社会状況からすると難しい」のです。

 

シカが減ること自体は、本来の目的に適ったことで歓迎すべきことです。捕獲コストが上がり、売れにくくなってビジネスの障壁になることを除けば、ですね。オオカミが復活すればそうなる可能性はきわめて高いわけで、だから私はジビエに関しては否定的でした。

 

しかしブランド化、高級化し、上級財化することが可能なら、両立はできるかもしれません。販売価格が高く維持できるなら、狩猟者へのインセンティブを高め、少なくても人数を維持することができますし、シカが減って獲れなくなったときの補完として安定供給のための養鹿牧場も可能性は広がるわけです。

それならオオカミ復活とジビエの高級化、ブランド化、上級財化、同じ方向を向いていけると思いませんか。

 

オオカミの維持する生態系と、里山で農林業を護るための狩猟、ジビエが両立する可能性について、オオカミ復活派も、念頭に置いておくべきだろうと思います。

 

 

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