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2019年9月 8日 (日)

「オオカミを放つって、何かあったら誰が責任を取るんだ!」

「オオカミを放つって、何かあったら誰が責任を取るんだ!」
と時々問われます。(最近は稀になったような気がします)


「何かあったら(つまり人が殺されたら)誰が責任をとるんだ!」
という問いは、そこで議論をストップさせてしまう力があります。オオカミが人を殺傷するという想定が前提になっているからです。
私達はそうは考えていませんが、それを話しても相手は納得しません。その方の頭の中ではもうすでに事件があったことになっているらしいからです。

その問いに対する答えを、どう表現したらいいのか、想定問答にしてみました。

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「責任」という言葉は二つの使い方があります。

「責任を取る」とは、実現した現在から過去を振り返る言葉です。
「責任がある」とは、未来に向けて実現するべきことを言います。

オオカミの人身事故の「責任を取る」ことを考えて見ましょう。
そのリスクはいつ、どのくらいの確率で実現するものでしょうか。
私達は、事実をもとにした議論を続けて、合意を勝ち取ろうとしています。したがって少なくとも、自治体、都道府県、国の段階別議会で賛成を勝ち取らなければなりません。単純に一議会ずつとしても、賛成と反対の2択ですから2分の1の確率の3乗、議会にもっていく前の世論を加えれば4乗の確率です。その上で再導入を実行し、そこにオオカミが人を傷つける確率を加えます。
オオカミが人を傷つける確率は、アメリカの例でいえば130年に1~2回です。餌付けのためにエサをもった手を口元に差し出したりという事例は除きます。また飼育オオカミやウルフドッグによる事故も除いた、純粋に野生のオオカミが人を傷つける可能性です。
事故が実際に起きるのは何年先、どのくらいの確率になるのでしょうか。
その何年先かわからない事故から過去を振り返って「責任を問う」ことは生産的でしょうか。

一方、「責任がある」ということを考えてみましょう。
こちらは未来に向けて、私達がしなければならないことを指します。
今、日本の自然生態系はシカの増えすぎによって崩壊しています。このままでは自然そのものを失ってしまうことになります。その時期は「今」、確率は100%です。
豊かな自然を、次世代に手渡す「責任」が、私達にはあります。

私達は、オオカミを再導入により復活させて、生態系の食物連鎖を復元するための合意形成を目的としていますから、オオカミが人を傷つける確率の検証、どうやって防ぐのか、起きてしまった場合にどのような対応が必要なのか、を話し合い、予め決定しておくことも「責任」のなかには含まれます。

何年先に実現して、どのくらいの確率でおきるかも話し合われていない問題の「責任を問う」と言って、議論を止めてはいけないのではないでしょうか。

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