イエローストーン国立公園では、公園の外に出たオオカミは害獣としてすべて射殺される~本当でしょうか?
私たちもイエローストーンのオオカミについての情報はまだ100%は把握できていません。様々な情報に接していると知らないことがまだ出てきます。だからイエローストーンの情報をフォローしているのは楽しいのですが、それほどボリュームのあるにもかかわらず、時に断定するようにこういうことを言う方がいます。
「イエローストーンでは公園の外に出たオオカミは放牧牛を襲う害獣として即座に射殺されている」
そうではないのですが、なかなかきちんと説明しきれていませんでした。
最近になって、イエローストーンの関係者二人、再導入時の公園関係者の一人ノーム・ビショップ氏と下記の雑誌記事とイエローストーンのオオカミ研究者リック・マッキンタイア氏の情報により、オオカミが公園の境界付近でどのような位置づけにあるのかがわかるようになりました。
公園の外に出たオオカミは射殺されてしまうことがよくありますが、その理由は家畜被害とは無関係なものでした。
ノーム・ビショップ氏は
イエローストーンがオオカミと再び過ごした25年間
25 Years of Re-living With Wolves In Yellowstone
https://mountainjournal.org/lessons-learned-25-years-after-wolves-restored-to-yellowstone
という雑誌記事でイエローストーン国立公園周辺の3州(モンタナ、ワイオミング、アイダホ)のエルクの個体数について、下記のように書いていました。一言でいえば、オオカミ再導入後エルクは減っていない、増加しているというのです。公園内では減っているのは確かですが、公園の外では増えている。それはいったいどういうことだろう、と疑問に思いました。
この記事での彼のコメントは、いまだに続いているオオカミ反対者の論陣に対して、主にハンターに向けて、「ハンターの獲物は減ることはない」とアピールするためのものでした。そのために数字を挙げて、エルクハンティングに影響はない、と強調しています。
「数多くの研究から、私たちは今、オオカミがコロラドの野生の自然のバランスを蘇らせる力になることを知っている。狩猟へのオオカミの影響に対する懸念は、アイダホ、モンタナ、ワイオミングのデータによって和らげることができる。
数値を検討してみよう。
1995年のワイオミングのエルクの頭数は、10万3445頭、その年の狩猟数は1万7695頭だった。2017年のエルクの頭数は10万4800頭と推定され(州の狩猟管理官の目標値より31%多い)、エルクの狩猟頭数は2万4535頭だった。特に平均的なハンターの成功率は35%だった。
モンタナでは1995年にエルクの頭数は10万9500頭だった。1995年の狩猟頭数のデータは見つからなかった。2018年モンタナのエルクの頭数は13万8470頭と推定された。(目標値より27%多い)そして2017年のエルクの捕獲頭数は3万348頭だった。ワイオミングよりも6000頭ほど多い。
アイダホでは1995年エルクの頭数は11万2333頭と推定され、その年捕獲頭数は2万2400頭だった。2017年には11万6800頭(オオカミが来たときよりも4000頭多い)に達した。特に、18群のエルクの集団は州による生息頭数の目標値以上に、10群は、捕食だけでなく狩猟も、農業も、生息地の荒廃や干ばつも含む様々な理由によって目標値を下回ったと考えられた。2017年のアイダホにおけるエルクの狩猟頭数は1995年よりも300頭多い2万2751頭だった。」
今日、市民の間でオオカミはエルクのハンターにとって災厄だ、という大げさな言い回しがある。地方の野生動物管理当局による上記の数字をもう一度見てほしい。」
この点についてビショップ氏本人にインタビューすることができました。彼によれば、まず公園内では周知のように、12000頭いたエルクが4000頭まで減りましたが、最近また8000頭まで回復しているようです。これは自然の回復で問題ないとビショップ氏は答えています。いずれオオカミが増えてエルクが再び下降局面に移ることになると思います。
また公園外の3州の増加について質すと、公園内と公園外3州では管理方針が異なる、州ではエルクをハンティングのために増やすことが管理目的になっている、と答が返ってきました。
エルクの頭数が増えているのはいくつかの要因によります。
1.オオカミはまだ3州の全体にまで広がっていないこと
2.エルクを増やすためにオオカミも狩猟対象になっていること
3.草原地帯の私有地ではハンターが入れないようにしているところが多いため、エルクの保護地域のようになっていること
4.ワイオミングの南部にはエルクにエサを与えて増やしているところもあるため、生息密度がかなり高くなっているところがあること
これが、エルクが公園外で増えている理由です。
一方、オオカミが狩猟対象になっていることをよく理解できる事例がありました、
マッキンタイヤのエッセイの中にあるエピソードです。
2013年にインターナショナルウルフセンターがWolf sympojium2013を開催するにあたって編集した
「Wild Wolves We Have Known」◆ エピソード13 「メス06」
(オオカミ研究者30人が調査や研究の中で出会い、印象に残っているオオカミについて語った23のエピソード集)
に寄稿したマッキンタイヤは、彼がずっと追跡していたイエローストーンで過去最も有名だったメスオオカミについて書いています。
そのオオカミの曽祖父母はイエローストーン・オオカミ再導入事業のため1995年1月にカナダのアルバータ州で捕獲され、二か月後に公園内に放されたオオカミたちでした。
彼女「メス06」は何頭ものオスを惹きつけ、求婚者が引く手あまただった奔放な独身時代を謳歌し、年下の夫を迎えます。その夫は兄弟2頭で、その群れを仕切るのは姉御肌の「メス06」でした。
彼女はイエローストーンでも屈指のエルク狩りの名手であり、彼女1頭だけでエルクを仕留めることで有名でした。
群れが大きくなったとき、悲劇が訪れました。
「彼女の4頭の仔オオカミたちは健康で丈夫に育ち、やがて9頭の成獣たちとともにフルタイムで移動するようになった。2012年11月、ラマー・キャニオン群13頭はなわばりの中央部から東へ移動してイエローストーン国立公園の境界を越えた。11月11日、4歳半だった754がワイオミング州で合法的に撃たれた。彼は8頭の割り当てがあった可猟区の中で捕られた。大きな754はその7頭目だった。
群れは一時的に国立公園内のラマー谷に戻り、それから754が殺された辺りを再び訪れた。たぶん彼を探しに行ったのだろう。12月6日、6歳半だった「メス06」が撃たれて殺された。754が死んだ辺りだった。その可猟区の8頭目だったので、オオカミ猟はそれで終了となった。残りの彼女の家族はワイオミング州のその地域一帯の合法的な狩猟からは安全になった。」
公園外の州は狩猟のためにエルクを増やす管理方針を維持し、オオカミもESA(絶滅危惧種法)の対象からはずれて州管理に移され、狩猟可能な野生動物になりました。公園の境界の外側では、オオカミの狩猟が許されている可猟区があり、狩猟頭数が割り当てられています。上記のマッキンタイヤの記述からわかるようにワイオミング州との境界外では8頭が割り当てられ、モンタナ、アイダホではまた別の割り当て頭数がありました。
ハンターたちはもともとオオカミ嫌いでもあり、出てきたオオカミを撃つ気満々なわけです。被害駆除のためではありません。
これが「公園の外に出たオオカミは害獣としてすべて射殺される」という噂の真相です。
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