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2021年5月29日 (土)

クマ管理とオオカミ管理の違いについて

先日、私のブログ記事

日本列島のキーストーン種と生態系

http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2021/04/post-d0e8cd.html

をきっかけにあるところで反対派の方のコメントがあったのを見ましたので、そこから考えたことを書き留めておきます。

 

日本では自然とのつきあい方として「里山」が非常に重視されています。里山では人間が自然に手を入れることで生物多様性のある環境が長い間保たれてきたとする考え方、自然の見方が日本では支配的です。野生動物との関係においても、人が維持してきた里山は野生動物の領域と向き合う最前線であり、人と野性動物のバランスが崩れてしまっている現在、人間社会の急務は里山管理を取り戻すことなのだというわけです。

 

そのような里山論者がオオカミ再導入論を聞くと感情的な反発が沸き上がるようです。

いわく

・日本の里山とアメリカではまったく条件が違う

・里山は最前線なのだ。昼間もクマが出歩くようになった集落に住んでみてから狼と共存できるかどうかを論じるべきだ

とクマの管理を引き合いに出されることがありました。

 

クマとオオカミの比較で思い出すのは「ウルフ・ウォーズ」(ハンク・フィッシャー著)に描かれていた場面です。イエローストーンへのオオカミ再導入を地元に理解してもらう活動をしていたフィッシャーが懸命に説明します。

「クマの管理とオオカミの管理は違う。クマの場合は人間が行動を変える必要があるが、オオカミが戻ってきても人間側は行動を変える必要はないんです」

それから理解され再導入が実現するまでには長い時間がかかりましたが、それがおよそ50年前1970年代の話です。

オオカミが生息しているからといって、人間は何も心配する必要はない、とはこのように50年も前から言われていることなのですが、日本では初めての経験ですから、仕方のないところですね。

「人間が行動を変える必要はない」つまり「共存できる」ことを裏付けるのがヨーロッパの例です。(アメリカと日本の里山は条件が違うとは、広さのことを言いたいのでしょうけれども、私たちがアメリカから学びたいのは、オオカミとシカ、オオカミと生態系の関係です。人との関係はヨーロッパに学びます)

ヨーロッパでオオカミは生息地を自然回復し、現在では大陸ヨーロッパのほとんどの国に復活しました。もともとイタリアやスペイン、東ヨーロッパの国々には生き残っていたので、問題などおきませんが、新たな復活地中央ヨーロッパでは伝統的なオオカミ嫌いの感情は残っているので、時には違法に殺されて見つかることもあります。それに対して政府や自治体、保護団体が「恐れる必要はない」と啓蒙活動を行っています。最新の復活地オランダで定着が確認されるや否や作られた動画には、ハイキングコースでオオカミがコース上に現れ、「オオカミを見たらどうすればいい?」と小さな子供に教える家族が描かれていました。父親はよ~く観察しなさいとでもいうようにオオカミを指さし、落ち着いて距離を保つことが教えられています。それだけです。イヌはひもにつないで、ピクニックでは食べ物を置き忘れないことも注意事項には挙げられています。

 

この動画はフェイスブックにしかないようなのですがURLを挙げておきます。

 

https://www.facebook.com/watch/?v=767760457465755

 

 

 

一方のクマの管理はどうでしょうか。アメリカと大きく違うのはこちらです。古い話ですが、1960年代まで北海道のヒグマ対策を担っていた犬飼哲夫(北海道大学教授)は、北海道での経験をもとに1970年にヒグマ根絶策を発表テーマとしてまとめ、アメリカで開かれた国際クマ学会に乗り込みました。ところが国際クマ学会のメインテーマは「クマとの共存、保護」だったのです。犬飼とその同行者クマ牧場の社長はショックを受けて帰国しました。

そのできごとを契機に、北大では学生グループ通称「クマ研」が発足し、学内外の有志の集まりである「ヒグマの会」も設立されヒグマとの共存をテーマに掲げることになりました。

いま知床で行われているヒグマ管理の方向性はこの延長上にありますが、その管理方針と経験は他の地域には還元されていないようです。特に本州では、クマは人目にふれる場所に出てくれば即駆除されてしまいます。

 

こうした管理の方法は確かにアメリカとは違います。それに加えてアメリカにはヒグマと同種でもっとサイズが大きいグリズリーとツキノワグマのようなアメリカクロクマがいて、ピューマも生息し、野生動物を身近に感じているにもかかわらず、恐れてはいません。たとえ学校の敷地にグリズリーが現れたとしても、学校関係者も生徒も静かに見守るだけです(モンタナ州在住のネイチャーガイドの証言)。土地の広い狭い、野生動物に近いか遠いかの問題ではなく、人々の態度が違うのではないかと思います。

その違いを論じる専門的な知見は私にはありません。しかし日本の里山を対野生動物の最前線と位置づける考え方と、発見即駆除の対応を是とする対応には通じるものがあり、そして自然と調和して生きるとする「里山」の理念を文字通りに解釈するなら、その両者の間にあるギャップを感じざるを得ません。

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