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2022年2月17日 (木)

宇野裕之教授の「エゾシカの高齢化」「次世代が育たないエゾシカ」説への疑問 in「野生の営みのダイナミクスに迫る~世界遺産シリエトクのヒグマとエゾシカ」

 

 

先日知床世界遺産登録後の「遺産価値向上」のための研究開発プロジェクトの「野生の営みのダイナミクスに迫る~世界遺産シリエトクのヒグマとエゾシカ」

シンポジウムが開催されました。

 

https://www.hro.or.jp/info_headquarters/domin/press0128.pdf

 

講演者は

山中正実(知床財団)

下鶴倫人(北海道大学)

白根ゆり(北海道立総合研究機構エネルギー・環境・地質研究所)

石名坂豪(知床財団)

宇野裕之(東京農工大学)

といった方たちです。講演テーマはHPをごらんください。

興味深い研究成果がいくつもありましたが、その中で私が注目したのは

【エゾシカの生存戦略〜なぜ高密度が維持される?(宇野 裕之/東京農工大学 教授)】

です。

 

話の流れは、

・エゾシカは高い繁殖力を持ち、メス成獣の妊娠率はほぼ90%

・成獣の冬季生存率はほぼ90%

この二つがメスジカの生存戦略である

➡一方幼獣は冬季死亡が多く、ヒグマによる捕食が確認されている。

と調査結果を示したうえで、「まとめと今後の課題」と題して

・知床のエゾシカ集団は高齢化社会になりつつある(かもしれない)

理由は幼獣の生存率が低く次世代が育たないからである

今後の課題として「保護管理方針を見直す必要も出てくるかもしれない」と結んでいました。

 

それを聞いて数々の疑問が沸き上がってきました。

・エゾシカが減る原理を見つけたということではないのか?

・つまり肉食獣による捕食はエゾシカを減らす効果があるということでは?

・次世代が育たないとはどの程度のことを言っているのか?

・幼獣の生存率が低いというが、9割のメス成獣は毎年1頭子どもを産んでいるのでは?

・幼獣の冬季死亡率が高いのは寒冷地のシカでは一般的だと自分で報告しているが、

・高齢化社会とはどのような現象を指すのか?

 

しかしよくよく考えてみると、同じような現象の報告がイエローストーンから出ていたことを思い出しました。

イエローストーンへのオオカミ再導入の20年の総括を公園局が報告した論文集です。

 

 

「Yellowstone Science 24-1 Celebrating 20 Years of Wolves」

https://www.nps.gov/yell/learn/yellowstone-science-24-1-celebrating-20-years-of-wolves.htm

 

公園内のシカ(エルク)の増減とその理由についての部分を当ブログで翻訳し概要を記事にしています。

 

オオカミのエルク削減効果:イエローストーンの現時点での総括①

http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2020/06/post-e94666.html

 

人間とクマとオオカミの狩猟効果:イエローストーンの現時点での総括②

http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2020/06/post-73b54d.html

 

論文は

The Challenge of Understanding Northern Yellowstone Elk Dynamics after Wolf Reintroduction

 

メインの筆者はイエローストーン国立公園の再導入からずっとオオカミを追跡してきた生態学者マクナルティ(現在はユタ州立大学)です。彼はどうやら次のスター研究者と目されているらしく、2018年のウルフシンポでも注目を集めていました。

 

内容をおおまかにいえば、北部イエローストーンでエルクが減ったことに関するオオカミの捕食効果を検討すると、確かに懐疑派がいうようにオオカミだけの手柄ではなかった、クマやクーガー、天候、狩猟の影響も大きかった、というものです。

そのような複数の要因のなかでもオオカミがエルクの減少に最も影響を及ぼしたことに疑問の余地はないとされています。

 

そのオオカミの効果の大きな特徴は選択的捕食であるとマクナルティらは考えています。

オオカミに捕食されるエルクの半数は子どもですが、他の肉食獣(グリズリー(ヒグマ)、ブラックベア、クーガー(ピューマ))も同様であり、それらの肉食獣が同時期に増えたことが大きな影響を与えていました。

複数の捕食者による子エルクの捕食がエルクの減少に大きく貢献したようです。

 

またこの論文は狩猟の効果についても言及しています。

エルクの若い成獣メスを狙った狩猟は、エルクの頭数を減少させることはないようだというのです。(エルクは公園の内外を季節移動しています)

「北部イエローストーンでシーズン後期の猟でハンターが捕獲したのは主に最も繁殖力のある成獣メスだったが、エルクの若い成獣メスを狙った狩猟は、エルクの頭数を減少させることはないようである。1976~1988年に肉食獣の影響がほとんどない状態でハンターが角なし(メス)エルクを大量に狩ったときの北部群が大幅に増えたという事実が証明している。

ハンターが捕獲したエルクには、子エルクがほとんど含まれていなかった、若い成獣メスがいなくなった分は残った子エルクが(成長して)相殺してしまったのだ。」

 

オオカミ再導入後、エルクが大幅に急速に減少したのは

・複数の肉食獣が主に子エルクを捕食した

・ハンターが公園の外側でメス成獣を多数捕獲した

の二つの要因が大きく作用しています。

また同時に厳しい寒さで大地が凍り付き、エサを食べられずに餓死した個体が多かったことも重なったというのがイエローストーン公園で調査に当たる研究者たちの総括でした。

 

【知床のエゾシカの場合】

≪冬季死亡≫

知床でも、冬季の幼獣の死亡が多いということですから、減少要因になりますが、同時に成獣の冬季死亡率は高くありません。イエローストーンでエルクを減らしたほどには重要な要素にはなっていないようです。

≪ヒグマによる捕食≫

ヒグマの捕食は子ジカが産まれたばかりの6月に限られています。通年シカを捕食するオオカミでさえ単独の効果が疑問視されたのですから、知床でヒグマだけがエゾシカを減らしたという実績が確認できるならばそれは大発見になるでしょう。

ヒグマによる幼獣捕食は糞分析による比率で増加していると示されましたが、具体的な実数(何頭捕食されたか)ははっきりしていないようですので、エゾシカ減少との因果関係は明確ではないと思われます。他の方の発表でもヒグマの食性のうちエゾシカは大きな比率を占めているわけではありません。

しかし「肉食獣による幼獣の捕食」はシカの減少に貢献することは確かです。イエローストーンではエルクの減少に対してオオカミ再導入の効果が言われましたが、一方「本当か?」という疑問が投げかけられ、さらに研究が進みました。イエローストーンでのエルク捕食は回数も量もオオカミが多くグリズリーによる捕食は少数です。ヒグマは肉食専門ではなく、日和見主義の雑食動物だからです。

 

知床世界遺産地域では一部管理捕獲が行われています。しかしイエローストーンの研究者たちは成獣を狩る狩猟だけでは頭数削減効果は少ないと判断しています。複数主の捕食者の幼獣捕食と組み合わされてはじめて劇的な効果が現れたと考えているのです。

 

宇野氏は

・高齢化社会になりつつある(かもしれない)

・幼獣の生存率が低く次世代が育たない

を今後の課題とし、保護管理の方針見直しつまりある時期には管理捕獲の緩和も考える必要があり得る(かもしれない)と総括していました。

 

しかし、エゾシカの高齢化社会とはいったい何を言っているのでしょう。

捕食者のいる自然環境で、幼獣が捕食されるのは当然のことです。それによってシカ群が高齢化することを心配する研究や保護活動など聞いたこともありません。シカの増加を憂慮する地域においては、捕食による自然死が増加して群れが縮小したとすれば、それは喜ばしい、自然がバランスをとってくれたと好意的に受け止められると思われます。

メスジカは生後1~2年からほぼ10年間一頭ずつ子どもを産み続けます。ご自分でも言っているようにシカは複利で増加する動物であり、過去どのような地域であってもいったん減少したとしても3,4年であっという間に回復してきた実績があります。

産まれた子鹿が捕食され、冬の寒さで100%死んでしまうようなことが何年も続くならともかく、1年目で半減したところで、(講演者本人が言っているように)それは「一般的」な事象です。高齢になり子どもを産まなくなった成獣がヒグマに捕食されるか、冬季に弱って衰弱死することも「一般的」な自然死です。管理方針の見直しを考えるのは早すぎというものです。

 

限られた期間のヒグマによる捕食でさえエゾシカ減少に効果があるとすれば、肉食のスペシャリストオオカミが知床にいたらさらに効果的でしょう。

 

2015年に行われた「第5回国際野生動物管理学術会議(IWMC)」は知床世界自然遺産登録10周年を記念して、北海道で行われましたが、その会議に参加したイエローストーンの研究者デール・マッカラー氏(カリフォルニア大学バークレー校:2005年に行われた知床が世界自然遺産に登録された記念シンポジウムにも参加)は、会議の報告書(知床博物館研究報告特別号第一集)への寄稿で以下のように書いています。

 

「日本の一般市民は、将来のいつかの時点で、北海道の生態系の中でのオオカミの役割について、もっとバランスのとれた理解に達するだろう。その時、イエローストーンの時と同じようにオオカミの再導入プログラムを受け入れる方向に進むだろう。」

「世界自然遺産地域というものは本来の生態系を守り、それを可能な限り長期にわたって永続させることを目指している。知床はその動物相にオオカミを欠いている限り、いつまでもそのゴールに到達できない状態に陥るであろう」

 

その「知床博物館研究報告」のトップに掲載されていたのは宇野裕之氏のIWMCの総括でしたが、そのような展望には言及されていません。

 

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