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2023年2月 6日 (月)

ヨーロッパのオオカミ保護政策:ベルン条約、エメラルド・ネットワーク、生息地指令、ナチュラ2000とオオカミ保護

 

 

ヨーロッパの野生動物保護政策の歴史をたどると、以下のような条約、指令が登場します。

 

1979年4月 欧州経済共同体(EEC)  鳥類指令採択

1979年5月 欧州評議会  ベルン条約

1989年   欧州評議会  エメラルド・ネットワーク

1992年   欧州連合   生息地指令

1992年   欧州連合   natura2000ネットワーク

 

始まりは1979年EECの鳥類指令と欧州評議会構成国によるベルン条約でした。

 

  • 鳥類指令

当時の調査で現在のEU域内の鳥類種が減っていること、種によっては個体群レベルで減っていることが明らかになったことから鳥類指令が制定され、特別な保全措置の対象となる約200種を定めました。

当時はヨーロッパの大部分で狩猟期は8月から5月までの長期に及び、鳥が繁殖地に向かう途上で撃たれ、巣にいる時にでさえ撃たれていました。ツル、ノガン、サギ類やほとんどの小鳥が狩猟対象種であり、猛禽類はヨーロッパ大陸全土でごく普通に撃たれ、毒殺され、わなにかけられました。イギリスの大部分では猛禽類が居なくなり、野鳥を販売する大きな市場がベルギーの首都ブリュッセルで繁盛していました。現在「密猟」と呼んでいる行為のほとんどが合法だったのです。当時「害鳥」と考えられていた猛禽類や他の鳥を殺すことには報奨金が出され、国によって推奨され、実施されていました。この点、オオカミと同様です。

無差別に野鳥を虐殺していたことが世間の騒動を引き起こし、鳥類指令の採択に至ります。

 

  • ベルン条約

ベルン条約の締結も同じ1979年です。

ベルン条約は、正式名称を「欧州野生生物及び自然生息地の保全に関する条約」といい、1979年に欧州評議会によって設立されました。

拘束力のある国際法であり、欧州とアフリカの一部の国の自然遺産を対象として、特に自然生息地と絶滅危惧種(渡り鳥を含む)の保護に力を注いでいます。

この条約は次の3つの主要な目的を掲げています

 

・野生動植物とその生息地を保護する。

・国家間の協力を促進する。

・絶滅の危機に瀕している種や脆弱な種(絶滅の危機に瀕している渡り鳥を含む)に対して特別な注意を払う。

 

また自然に対する考え方として「野生の動植物は大きな価値を持つ自然遺産であり、これを保全し、将来の世代に引き継ぐ必要がある。条約の締約国は、国内での保護計画に加え、欧州レベルでの協力体制を確立すべきであると考えている」と趣旨が表明されています。

 

その目的を達成するため、締約国は以下の項目の実施を約束しなければなりません。

・野生植物、野生動物および自然生息地の保全のための国家政策を推進する。

・野生動植物の保全を、国の計画、開発、環境政策に統合する。

・野生動植物の種及びその生息地の保全の必要性に関する教育を推進し、情報を普及させる。

 

また、保護されるべき野生動物種をリストにした付属書II(厳格に保護される動物種)に記載されている種を保護するために、適切な立法上および行政上の措置を講じなければならず、以下の行為に関しては禁止しなければなりません。このリストにオオカミも含まれます。

・あらゆる形態の意図的な捕獲と飼育、および意図的な殺害。

・繁殖地や休息地に対する意図的な損傷や破壊。

・野生動物、特に繁殖期、飼育期、冬眠期の動物に対する意図的な妨害。

・野生からの卵の意図的な破壊または採取、またはこれらの卵の保管。

・生死を問わず、これらの動物(剥製を含む)及びこれらの動物のあらゆる部分又は派生物を所有し、内部取引すること。

 

これらの内容は鳥類指令の目指すところとほぼ同じです。どちらも狩猟やマーケットハンティングによる乱獲の酷さが契機になったものと想像できます。(具体的にどのような運動や事件が指令、条約に結びついているのかの文献等は見つけられていませんが)

一方で人間社会との共存を図るため、いくつかの例外も挙げています。

 

ここで欧州の政治体制を確認しておきます。

■欧州評議会(Council of Europe)は、1949年に設立されたヨーロッパの統合に取り組む国際機関。欧州審議会とも訳される。欧州評議会は46の国が加盟しており、欧州連合よりも地理的に広い範囲で活動し、人口を合計するとおよそ7億人に上る。加盟国は主権を維持しつつ、国際法を通じて責任を果たし、共通の価値や政治決定に基づいて協力している。欧州評議会の諸協約は非加盟国でも署名できるようになっており、ヨーロッパ域外の諸国との同等な協力を促している。

 

■EU(欧州連合)

1993年に欧州連合(EU)が発足した。加盟国は欧州連合の法のもとで、国の立法や政策執行に関する権限を欧州議会や欧州委員会に委譲する、より高次元で諸国を統合する組織であり、現在の構成国は27ヶ国である。

 

  • エメラルド・ネットワークの実施

エメラルド・ネットワークは、1989年にベルン条約の常設委員会で締約国に対し、法律またはその他の手段により、特別な保護関心を持つ地域を指定するための措置をとることを要請した勧告に基づいて採択され、実施されたものです。特別保護区ASCI(Areas of Special Conservation Interest)で構成される生態系ネットワークとして設立されました。本格的には1998年の常任委員会での決議によって始動しています。

 

  • 生息地指令:EU内でのベルン条約の実施

そこで、EUはこの条約から生じる義務、特に生息地の保護に関する義務を果たすため、1992年に生息地指令を制定し、Natura2000ネットワークを立ち上げ、鳥類指令もそこに含めて、EU全域に法的に保護された地域を確立することになりました。

 

■「欧州連合における指令」

「指令」とはどのような法令かを確認します。

「加盟国に対してある目的を達成することを求めるものの、その方法までは定めていないような法の形態。通常、指令は加盟国内で適切な法令が採択されることに関し、加盟国に一定の裁量を与えている」

「「指令」は採択されると、その目的の実現に向けた日程を加盟国に対して課すことになる。多くの場合は、指令の目的が適切に達成されるために、加盟国は自国の関連法を改正しなければならない。加盟国内で必要な法令の改正案が可決されない場合、あるいは指令が求める目的の達成のために国内法の整備が十分でない場合は、欧州委員会は当該加盟国について欧州司法裁判所に訴えることになる」

 

この生息地指令と同時期、1992年に国連環境開発会議(地球サミット)で生物多様性条約(CBD)が採択されています。この条約採択以来、生物多様性というより包括的な概念が一般化し、それを維持し改善するための政策が実質的な絶滅危惧種対策を含むようになりました。生物多様性に直接悪影響を与える生息地の減少、乱獲、外来種、環境汚染などを解消することは、野生動植物の生息数激減を予防し、あるいは絶滅の恐れから生還させることにつながるからです。EUの生息地指令はこの生態系を視野に入れた理念を当初から取り入れていたといえます。

 

  • Natura2000

「生息地指令」は、450種類の動物と500種の植物の生息地保全を定めたもので、鳥類指令と併せてEU域内に「Natura 2000」と呼ばれる生物保護地区のネットワークが確立されました。

現在Natura 2000はEU域内の26,000地区、EU 全土の約18パーセントに相当する面積を自然保護区に指定し、EU域内の海洋にも保護地域が設定されています。

特別保護地区(SAC)、地域社会重要地域(SCI)、特別保護地区(SPA)を総称してNatura2000サイトと呼びます。SPAは鳥類指令に基づき指定され、SCIとSACは生息地指令に基づき指定されたサイト。SCIとSACの違いは、その保護レベルです。

 

  • エメラルド・ネットワークとNatura 2000の一貫性

生息地に関するエメラルド・ネットワークの要件は、Natura 2000の自然保護区の指定である特別保護地区(SAC)と特別保護地区(SPA)によって満たされます。

2つのプロセスの間に最大限の一貫性を持たせるために、各国は条約に含まれる種のリストと、生息地指令および鳥類指令に含まれる種のリストなどの調整を図っています。

 

  • オオカミ保護政策

生息地指令は大型肉食獣であるブラウンベア、オオカミ、リンクス(オオヤマネコ)、ウルヴァリンを特に指定して保護、個体数拡大のための国際協力を図っています。彼らは生息密度が低く、広い範囲の生息地を必要とするため国境を越えて拡大する可能性が高いためです。

肉食獣保護の一連の文書には、なぜ肉食獣を保護すべきなのかはまったく語られていません。生物多様性を維持、拡大するためにある指令では語るまでもないからです。唯一私が目にしたのが、オオカミの管理計画のためのガイドラインでした。

 

  • オオカミの位置づけ

オオカミはヨーロッパ固有の動物であり、生物多様性と自然遺産の不可欠な一部である。上位捕食者として、生態系の健全性と機能に貢献する重要な生態学的役割を担っている。偶蹄類の密度を調整し、その健全性を高めるのに役立っている。

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