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2023年9月 2日 (土)

梶光一著「ワイルドライフ・マネージメント」の非科学的な姿勢

 

 

梶光一氏が新著「ワイルドライフ・マネージメント」(東京大学出版会)を出版されているのを見つけたので読んでみました。

 

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全体としては梶氏の経験を通じて野生動物管理の歴史を理解する内容になっています。今行われているシカの管理にはほぼ梶氏が関わっていると考えていいようです。そのことに関しては敬意を表します。

しかし、彼がオオカミに関しての判断を誤っていることは指摘しておかなければなりません。判断基準そのものが間違っていると考えられます。

 

本書には食物連鎖とか栄養カスケードといった概念はまったく登場しません。梶氏は「自然は人間の生活と不可分であり、人間による適度な介入なしには、生態系維持もかなわない」、日本でも自然の形成には縄文時代から現在に至るまで人間が関わり、シカの個体数は人間の捕獲により調節されていた、そしてオオカミは人間にとっては邪魔な害獣だったと考えているからです。

 

本書の中でオオカミに言及している部分は4ヵ所あります。

  • イエローストーンのオオカミ再導入の結果について:オオカミや他の肉食獣の頭数は今以上には増えないにもかかわらず、エルクやバイソンの過剰採食は続いている。20年たつのに科学的コンセンサスが得られていない。
  • ロシアではオオカミによる人身被害が多発していた時期があった。「当時、オオカミは日常的に森林や畑にいる人々を攻撃していた」
  • 「見かけの競争」:草食獣が2種いるところへオオカミが登場すると多い方を食べて増えたオオカミが希少種である少数の草食獣を捕食して減らしてしまう可能性がある(つまり日本ではカモシカ)
  • 江戸時代の日本ではオオカミによる人身被害が多発していた。

 

オオカミについて言及する都度「増えすぎたシカ・イノシシを減らすためにオオカミを再導入する提案があるが(丸山2014)」・・・~を忘れてはならない、悲劇的な結末も予測する、と2度繰り返しています。また「ある地域の成功事例は必ずしも他地域の成功事例とはならない」とまったく否定的です。

 

今回は2のロシアでのオオカミ人身被害について検討します。

 

 

 

梶氏は2015年にロシア科学アカデミーのバスキン博士の来日の機会に東京農工大でセミナーを開きました。博士は「ヒトと捕食者の適切な状態を維持するには統制された狩猟が必要である」と考えている方です。

 

そのセミナーで博士はミハイル・パブロフの報告を引用して、モスクワの北東900㎞にあるキーロフ州では、1944~1950年にオオカミによる人身被害が多発したこと、その理由としてソ連時代に住民が武器を取り上げられていたこと、住民の中に健康な男性が少なかったこと、を挙げ、「ロシアでは、オオカミによる人への被害は、平時には稀であるが、遭遇時には武器がない場合、抵抗できない場合に生じている」と説明していますが、梶氏はそれを「オオカミに対するロシアの視点が欧米の視点とはまったく異なることも興味深かった」と感想を記しています。

 

また、オオカミが人間と接触するときのおもな動機は、「恐怖と飢餓」であり、帝政ロシアの時代、「人々は馬車で移動し、家畜を運んでいたので、馬や家畜を襲うオオカミが接近し、人づけにつながった」とオオカミadvocateから見ると珍妙な説も拝聴しています。

そのような話は「オオカミ 神話から現実へ」メナトリー(1998)が、そのような話は現実にはなく、19世紀の末に新聞に掲載されたお話を、メディアが数十年後に繰り返し使って人々を恐怖に陥れようとしていたことを取り上げています。

 

 

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(「狼と人間 ヨーロッパ文化の深層」ベルナール(1991)挿絵)

 

 

梶氏は別の章で、ノルウェイを訪問し、トナカイの群れを視察した経験を記していますが、そのときに案内に立ったノルウェイのトナカイの研究者リネル博士を紹介していました。リネル博士は一方でオオカミによる人身被害の大規模な調査をまとめた人物として著名です。「Fear of Wolf」という2002年にノルウェイ自然研究所から発行されたレポートは、ヨーロッパ中のオオカミ研究者によって世界中の(アジアは情報が薄いのですが)オオカミによる人身被害の記録を数百年さかのぼって、研究者の目で事件事故の記録を精査し、信憑性の高い記録を選り出したものです。梶氏はリネル博士と交流があったにもかかわらずそのレポートを読んでいないのでしょうか。それともあえて無視されたのでしょうか。

 

そのレポートはロシアのまさにバスキン博士が取り上げたパブロフの報告を詳細に検討しています。

 

https://www.wolfandforest.com/2023/09/02/fear-of-wolf-%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E7%B7%A8/

 

このレポートはパブロフについて

「パブロフは科学者というよりむしろ狩猟者・狩猟管理者であり、オオカミが狩猟個体群に与える影響に関する章を読めば明らかなように、オオカミに対する彼の態度は明らかに、現代社会に居場所のない不要な害獣というものだった。狼は人間にとって危険であるという「狼の真実」を伝えるという、彼の個人的な聖戦のようなトーンである。これらのことは、パブロフが客観的で公平な観察者であったことを示すものではない。」

 

と適切な報告者ではないと断じたうえで、一連の事件そのものについては

 

「この時期が革命、内戦、第二次世界大戦と重なり、旧ソ連内部で大規模な政治的・社会的不安が起きていたことを考慮することも重要である。このような背景を考えると、この時期のデータの質を評価することは不可能である。」

 

とオオカミによる事件、事故とするには信憑性が薄いと判断をくだしています。

梶氏がセミナーでバスキン博士の話を聞いたという自分の経験から感想を述べただけの話と言われるかもしれませんが、本書を通じて彼のオオカミに対する判断は、「オオカミは怖い動物」「生態系全体への影響力はない」「人身被害だけでなく希少種にも害がある」というもののようですから、その判断基準になっているのは確実と考えられます。判断材料を吟味することもなく、パブロフ報告を紹介するバスキン博士の話に飛びついたということです。

 

このような姿勢は科学的だとはとても言えません。パブロフ博士への評価と同様、科学者というよりむしろ狩猟管理者であり、オオカミに対する彼の態度は明らかに、現代社会に居場所のない不要な害獣という予断をもったものと評価すべきです。

 

 

 

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