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2023年9月26日 (火)

梶光一著「ワイルドライフマネジメント」3 人文学者の見解を鵜呑みにしている梶氏の不可解な主張

 

梶光一氏は「ワイルドライフマネジメント」の江戸時代のオオカミによる事件を取り上げた部分で、

 

盛岡藩でオオカミにより馬が多数襲われ、捕食されていた(菊池)

弘前藩でオオカミの襲撃による多数の死傷者が出た(村上)

山形県(庄内温海)で狂犬病にかかった2頭のオオカミが人畜を多数死傷させた(ウォーカー)

江戸時代にオオカミは神から凶獣へと変貌をとげた(栗栖)

 

とエピソードを挙げたうえでこう書いています。

 

127ページ

「増えすぎたシカ・イノシシを減らすためにオオカミを再導入する提案があるが(丸山2014)、オオカミがいた江戸時代にあっても、シカ・イノシシの獣害防止のために、農民は大量の鉄砲とシシ垣を必要としていたことを忘れてはならない。」

 

梶氏は

①           江戸時代にはオオカミによる人身被害、家畜被害が多発していた

②           オオカミがいた時代にもシカ・イノシシの獣害防止のために大量の鉄砲とシシ垣を必要としていた

③           だから増えすぎたシカ・イノシシを減らすためにオオカミを再導入する提案は意味がない。オオカミは人を襲うし、シカを減らして農業被害を防ぐこともできないのでいる必要がない。

 

と言いたいようです。

 

 

この梶氏の立論に対してここでは

  • 江戸時代のオオカミ害の検証姿勢
  • 江戸時代の農業被害と梶光一氏の見解

の2点から点検していきたいと思います。

 

 

  • 江戸時代のオオカミ害の検証姿勢

 

最初のオオカミ人身被害に関する部分では、梶氏が参照した文献の著者の肩書は

 

菊池勇夫 歴史学者

村上一馬 元東北歴史博物館学芸員 高校教員

ブレット・ウォーカー アメリカ人歴史学者

栗栖健 新聞記者

栗栖健から引用した「神から凶獣へ」というフレーズの元は、長野県の地元歴史家藤森栄一です。栗栖氏は藤森氏の文章をそのまま掲載しています。

 

つまり彼が参照した記録は、ウォーカーを除いて、地元に残る古文書を歴史家、新聞記者が掘り起こしそのまま記録したものでした。この方たちの著作や論文には、生物としてのオオカミについて情報を集めた痕跡は見当たりません。純粋に日本の古文献だけから情報を採り、その内容をそのまま信じている内容です。

ウォーカーは諏訪や加賀の事件についての千葉徳爾の研究内容の紹介について触れたほかは、オオカミ研究者の研究成果やアメリカやヨーロッパの文献を参照して、オオカミが人を襲うことはめったにないことだが、と懐疑的な筆致です。

 

 

梶氏は、当時事件の目撃者、検視者がオオカミとイヌを判別していたのか、その文献で事件がオオカミによるものと判断されたのはなぜか、そこに誤認はなかったかを検証したのでしょうか。

ノルウェイのリネル博士たちが行った世界中を網羅したオオカミ事件の検証「Fear of wolf」では、オオカミによる襲撃事件、事故を、生物としてのオオカミを研究してきた研究者の目で、文献の信憑性を検討し、誤認の排除を行っています。その中には、イヌ、野犬の襲撃との誤認や当該の動物の呼び名に関する誤認を挙げて、注意深く検証したことを記しています。

つまり、古文書の記録をそのまま鵜呑みにはしない、当時の人々がどのような動物を見ていたかを確かめるという姿勢を明確に示しているのです。これがヨーロッパの生態学者、科学者の姿勢です。

 

またリネル他の研究者たちは、狂犬病による事件と狂犬病と捕食目的の襲撃は分けて考えています。

山形県温海2頭のオオカミが多数の人を殺傷した事件は、狂犬病によるものでしょう。狂犬病が長崎の出島から始まって、北上していった経過は事件の伝聞から明らかのようです。しかし、オオカミのナワバリ性から考えて、オオカミだけが感染したのなら群れの消滅で終結してしまう例がアメリカでは目撃されています。日本ではそこにナワバリを持たないイヌやタヌキ、キツネが介在したため全国に急速に広がっていったと考えることができます。この温海の事件を起こしたのがオオカミでありイヌでないという証明はできるのでしょうか。

 

オオカミの捕食目的の襲撃は多くは家畜に向かいます。梶氏は盛岡藩でオオカミにより馬が多数襲われたことを挙げていますが、この項の前段で全国的にシカ皮の需要が高く、シカ猟が盛んに行われ、シカが減ったと述べています。シカ猟によって獲物のシカが減り、獲物のなくなったオオカミが放牧されていた馬を捕食するようになったという因果関係があり、梶氏もそう考えているのですが、ウォーカーが盛岡では馬の襲撃は多かったものの、人が襲われた例はごくわずかだったと書いています。

 

「絶滅した日本のオオカミ」第3章111ページ

「津村正恭が書いているが・・・・(中略)野馬またはウマを牧場以外でオオカミが殺した記録としては、村に現れてウマあるいは人を傷つけた二件があるのみだ。最初の件は1740年6月に柳沢(岩手県)でオオカミがウマを傷つけた。次は1763年広宮沢村近くで一頭のオオカミが万助という男を襲った」

結局このウォーカーが引用した盛岡の一連の騒動では襲われた人は一人だけでした。

 

※津村正恭:18世紀の江戸の商人。久保田藩(秋田)の御用達を務め、安永5年(1776年)頃から寛政7年(1796年)までの約20年間にわたり、見聞随録『譚海』を著した。ウォーカーの記事はその『譚海』からの引用。

 

その後村上一馬は別の文献を発見し、発表した論文等では、弘前藩だけでなく盛岡藩でもオオカミの襲撃による多数の死傷者が出た記録を探し出し、引用していますが、その記録について上記のようなリネルたちのように誤認がないかを検証すると、イヌ、野犬の襲撃との誤認や動物の呼び名に関する誤認が濃厚に疑われることは、拙著「絶滅したオオカミの謎を探る」で書いています。

 

一例を挙げればその事件がオオカミであることの信憑性が疑われる記述として以下のようなものがあります。

村上の論文には地理的に離れた4つの村で同日同時刻に民家を襲い、子どもをさらって行った事件の記述があります。その個々の事件も共通して深夜にオオカミが家屋に浸入し、母親の懐から子どもを引っ張り出して咥えて走り去ったというようなものでした。当事者の「夜間で暗くてオオカミかどうかはわからなかったが、近在でオオカミが人を襲っていたのでそうに違いない」との証言も村上は載せています。村上はこれをもオオカミによる事件の証拠として採用し、論文を書き上げたのですが、これは普通の動物であるオオカミが行ったと信じられるでしょうか。たとえば殺人事件の法廷で裁判所による科学的証拠として採用されるでしょうか。

 

 

  • 江戸時代の農業被害と梶光一氏の見解

梶氏は

「オオカミがいた江戸時代にあっても、シカ・イノシシの獣害防止のために、農民は大量の鉄砲とシシ垣を必要としていた」

と書き、

当時農地を護るためにシシ垣、鉄砲が大量に必要とされるほどシカ、イノシシが多かったのだから、オオカミがシカ、イノシシを抑制していたと考えるのは間違いであるとほのめかしています。

 

この時期のシシ垣について考えてみましょう。

田口洋美氏(民俗学者)は、「クマ問題を考える」の中で、野生動物と人間の境界に関して、開拓期の構造と撤退期の構造が正反対であることを指摘しています。(下図)

江戸時代は人口が増加し、集落や田畑が山に向かって拡大する開拓期でした。現代のように何十年も畑だったところに獣が侵入してきているのとは逆に、彼らの住んでいるところに人間が畑を作ったのだから、獣が畑と森や草地との境界線をわきまえないのは当然です。獣たちの生息地域に田畑を作るのですから、イエローストーン公園の中に畑を作ったらエルクやバイソンに食べられ放題になるのと同じことです。

シシ垣や鉄砲は獣たちを追い出して、田畑を作り、作物を獣たちが食べに来ないために必要なもので、「オオカミがいたにもかかわらず」というものではありません。

 

図:出典:田口洋美「クマ問題を考える」

Photo_20230926110301

 

もう一つ指摘しておきたいのは、梶氏の専門家とは思えない主張です。

「オオカミがいれば人身被害や家畜被害が起きる、オオカミがいた江戸時代にあっても、シカ・イノシシの獣害防止のために、農民は大量の鉄砲とシシ垣を必要としていた。イエローストーンでもオオカミはシカを減らしていない」のだから、オオカミ再導入は考えないほうがよい、と梶氏は 言いたいようなのですが、オオカミがシカ、イノシシを減らす役には立たず、却って有害とするには、以下のような点でそれぞれの根拠が薄弱です。

・オオカミによる人身被害は上記のように、人文系の研究者の言うままを鵜呑みにして信じている

・オオカミによる家畜被害は梶氏本人が書いているようにその前段階で人間がオオカミの獲物を獲って減らしたためである

・シカ、イノシシによる獣害も上記のように獣の生息地に畑を作った結果でありシカやイノシシの増減とは関係がない

・そもそもオオカミはシカ、イノシシを捕食する動物であることは事実であり、欧米のオオカミ研究者だけでなくマッカロー博士のようなシカ研究者もトップダウン効果があると考えている

(ハンターとオオカミの捕食を比較した研究者たちは、オオカミと同様ハンターにもトップダウン効果があるが、質の違いがあると考えている)

イエローストーンの論争については次の検証で提示しますが、梶氏のこうした論拠は、どの点をとっても人間側、農業側から見たもので、生物学者、生態学者の視点ではありません。オオカミに関する部分だけを取り上げてみれば、オオカミ研究者とその研究実績に対するリスペクトも皆無です。

生物について何も知らない人文学者の言は鵜呑みにして信じていますが、前記事で書いたように同じシカ研究者であるマッカロー博士の意見にはまったく耳を傾けず、オオカミ害の研究をまとめたリネル博士の報告書には言及することさえありません。10年近く前のことですが、オオカミ研究の権威であるミーチ博士の来日講演に際して私たちがお送りした招待状には返事もありませんでした。オオカミという動物については専門家から情報を得るつもりもなかったのです。

 

本書の著者紹介に、梶氏の専門は野生動物管理学と書かれていました。他の著書の紹介文も大方は経歴のみを並べているだけです。

こちらは彼が生物学、動物学、生態学を修めた科学者と信じて、オオカミの役割とその再導入について理解してほしいと考えていたのですが、まったくそうした土俵に乗るつもりがありませんでした。

この本について考えていて気づきました。彼を生態学者と思い込んでいたのは、私の勘違いだったのです。

 

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