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2023年9月 9日 (土)

梶光一著「ワイルドライフマネジメント」2【見かけの競争】説は非論理的

 

梶氏は前著「日本のシカ」第6章「捕食者再導入をめぐる議論」の中でも「見かけの競争」について触れています。そこではまだ、なぜそれが再導入反対に結びつくか、判然とはわかりませんでしたが、本書ではその理由がはっきりしました。

まず「見かけの競争」に関する部分を読んでください。

 

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ボイス博士の話で、とりわけ興味深かったのは、オオカミとシカの「見かけの競争」と呼ばれる関係である。カナダでは、もともとシンリントナカイはオオカミの密度の低いところで生息していた。しかし、森林伐採による生息環境の改変により、オオカミが食べるヘラジカ(同じくシカ科)の個体数が増加したためにオオカミが増え、加えて直線的な道路が開通したことによって、オオカミは道路を利用してシンリントナカイの生息地へ接近しやすくなった。こうして、数の増えたオオカミは希少種であるシンリントナカイを捕食したために、 個体数を激減させた。

このような関係は、「見かけの競争」と呼ばれ、捕食者であるオオカミに対して、被食者であるシカが2種(ヘラジカとシンリントナカイ)いた場合、被食者1(ヘラジカ)を食べることで捕食者の個体数が増加し、その結果、被食者2 (シンリントナカイ)が被害を受ける。「見かけの競争」とは、このように、被食者1(ヘラジカ)があたかも被食者2 (シンリントナカイ)に悪影響を与えるような相互関係をいう。カナダのオオカミはもとの生息地の85%まで分布を回復しているため、オオカミの管理が求められている。

オオカミが媒介する「見かけの競争」について、アポロニオ博士も報告していた。フィンランドでは、森林伐採によって林縁(林の周辺部)ができると、 餌となる草が生い茂り、それを利用したヘラジカも生息数が増加し、次いでへラジカを捕食するオオカミが増加し、増加したオオカミがシンリントナカイを捕食しているという。フィンランドでも、カナダとほとんど同じ連鎖が起きているのである。

 

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もう1つ示唆に富んでいたのは「見かけの競争」についての発表である。イエローストーンのオオカミ再導人の事例をもって、生態系を回復するために、 日本へもオオカミを再導入する提案がある(丸山2014) しかし、カナダとフィンランドで観察されているオオカミをめぐる2種の被食者の間の「見かけの競争」は、悲劇的な結末を予測するのである。つまり、生息地の改変―主要な被食者の増加―捕食者の増加―希少種に対する捕食の増加という「見かけの競争」の連鎖は、安易な種の導入は絶滅危惧種減少をもたらすことの警告であ る。たとえば,日本にオオカミを導入したところ、たくさんいるシカやイノシンのウリンボを利用してオオカミの生息数が増加し、増えたオオカミが天然記念物のカモシカを襲うという光景が想定されるのだ。ある地域の成功事例は必ずしも他地域の成功事例とはならないという教訓である。

(引用終わり)

 

 

 

まず最初に、2種の被食者の間の「見かけの競争」は、オオカミの側から見ている私たちにはまったく問題とは映りません。なぜなら、オオカミの捕食行動が日和見的で、獲物の種類が多く、2種の(主な)被食者がいる地域は珍しくないからです。その場合、2種のどちらを選択するかはまったくその時の事情としか言いようがありません。それにオオカミの捕食がある被食種を絶滅させた事例などありません。また、私たちはオオカミが一定地域で増えるとは考えず、シカが減ると考えます。オオカミが増えてコロニーが拡大することはあっても、ナワバリ性のオオカミの生息密度が高くなることはありえないからです。

スイッチングの例ではたとえばこういう例がありました。ポーランドでは、一時狩猟によってアカシカが減ってしまった時期がありました。そのときオオカミはイノシシに捕食対象を変えています。その隙にアカシカが増え、オオカミの捕食対象は再びアカシカに戻っています。もっともイノシシの味を覚えてしまったオオカミはしばらくの間はイノシシに執着していたそうですが。

このように捕食対象を変更することは特定の獲物動物が減りすぎないための機序でもあるのです。また、希少な種、つまり数が少ない種を選択的に捕食することは考えられず、遭遇する確率の問題としか言いようがありません。

「見かけの競争」が問題になるのは、「シカの」あるいは「有蹄類の」研究側からの話なのではないでしょうか。図にしてみるとこうなります。シカ研究者側から見るとオオカミの存在が視野に入っていないため、不意打ちのように見えるのかもしれません。

 

 

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また彼は「生息地の改変―主要な被食者の増加―捕食者の増加―希少種に対する捕食の増加という「見かけの競争」の連鎖」が絶滅危惧種減少をもたらすという表現をされていますが、ここにはいくつかの指摘するべきポイントがあります。梶氏の言うこの連鎖はいくつかの段階を飛ばしています。

  • 梶氏の連鎖のスタート地点は「生息地の改変」である⇒捕食者絶滅がスタート
  • シカとカモシカの種間関係の現状に言及していない⇒シカの圧力でカモシカは減少
  • 被食者の対捕食者戦略を見ていない⇒オオカミの攻撃をカモシカはどうやって避けていたか
  • 希少種絶滅危惧種という表現は人間側の評価である⇒捕食の確率はゼロではない

 

 

草食獣の増減の原因は減らす要因がなくなったこと、増える要因が増えたことの二面があります。捕食者が絶滅したことが減らす要因の消滅、生息地の改変が増える要因の増加で、プラスとプラスが重なって現状では草食獣が激増しています。梶氏は捕食者の影響ではなく狩猟が衰退したことが最大の要因だと考えていますから、それを加えてもいいでしょう。

その結果が「主要な被食者の増加」ですが、梶氏が触れていない問題があります。捕食者も狩猟もないなかで、シカとカモシカには直接的競争が発生し、カモシカが負けていることです。カモシカが絶滅危惧種になったのは人間の乱獲によるものであり、今はシカとの競合に負けつつあり、従来の生息地を追われているからです。(小金沢1999、高田2023)

それが今の現状です。

 

そこにオオカミが復活したとしましょう。オオカミは増えたシカを捕食して増え、コロニーを拡大することが考えられます。(上記のように生息密度は変わりません)シカは減ります。次に起きると梶氏が想定するのは獲物のスイッチングです。当分の間そのようなことはないと思いますが、仮に起きたとして獲物を誰に切り替えるでしょうか。上記のポーランドの例のようにシカの次に多いイノシシと考えるのが普通ではないでしょうか。

フィンランドやカナダの例でいえば、ヘラジカは強過ぎるので比較的小さなトナカイに切り替えることはあるでしょう。しかしトナカイには対捕食者戦略として速い足がありますし、オオカミの捕食効率は低く、単独の種を絶滅させた例はありません。日本の場合のイノシシも強いのでどちらかといえばシカを好むだろうと思われますが、ウリボウは当然狙うでしょうし、老いた、弱った個体は必ずいますので、イノシシ狙いに切り替えるでしょう。シカもイノシシも豊富にいるのに数の少ないカモシカだけを狙うはずがありません。(梶氏はオオカミがシカとイノシシをまとめて減らすと考えているのだろうか?それほど強力だと考えているのだろうか?)

 

最後に、「希少種に対する捕食」は確率ゼロではありませんが、カモシカを今よりもさらに減らすほど執着するとは考えられません。かつて人間がカモシカの肉と毛皮に執着して獲りまくったような動機はオオカミにはありませんし、肉の味を選り好みするようなグルメでもありません。

しかしその前に起きると予想されることがあります。シカ対カモシカの直接的競争で負けていたカモシカが、シカが減ることによって生息地を回復し持って生まれた対捕食者戦略でオオカミを避ける場所を確保することです。

オオカミがいた頃に高地にはカモシカ、平地にはシカという棲み分けがあったこと、カモシカがひづめの先を広げて足場の悪いところでも安定してたてる足を持っていること(日本の哺乳類 小宮輝之著 学研 2002)、ナワバリへの侵入者に対し意外にも攻撃的であることを考え合わせれば、高地でオオカミを避け、岩場を背にオオカミを撃退していたことが想像できます。おそらくはそのように共進化してきた動物であるといってもいいでしょう。オオカミが復活し、シカを減らすことはカモシカにとって生息地を回復し、息を吹き返すチャンスになると考えられます。

 

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梶氏は日本における「見かけの競争」の説明に4段の推論を持って来て危険だと煽りましたが、重要な情報を見落としています。「シカ-カモシカの直接的競争」と日本に生息する想定被食者にシカとカモシカだけではなくイノシシがいることです。またカモシカの対捕食者戦略も見ていませんでした。

このような重要な情報を見落としている「生息地の改変―主要な被食者の増加―捕食者の増加―希少種に対する捕食の増加という「見かけの競争」の連鎖」という推論は、情報不足であり非論理的です。

その欠落を知っていて展開したのなら極めて恣意的な誘導であると言えますし、まったく見落として展開したのなら生物学や生態学を知らずに「カモシカが喰われるから反対」と言った一般の方たちと同様のレベルということになります。

 

 

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コメント

梶さんの「見かけの競争」は論理が破綻していますね。
彼は、オオカミはナワバリ動物という特徴のために、一定以上の捕食圧(トップダウン効果)はかけられないと言います。そして、有蹄類の数をコントロールするのはボトムアップ、つまり生息地条件だと言います。
それならば、シンリントナカイを激減させたのは第一義的に生息地改変のはず。オオカミが減らしたように感じられるのは「見かけ」だ……と言う論理なら納得ですが。

人がトナカイにとっての好適な森を破壊し切り開いてパイプラインや道路を敷設したせいでトナカイが生きられなくなった。かといって、いっぺん切ってしまった森は戻せない。残された手段は、せめてこれ以上捕食されないようにオオカミを撃つことくらいだと。シンポジウムで私が聞いたのはそんな話でした。
「絶滅危惧種」という人間都合の指定が共通なだけで、シンリントナカイとニホンカモシカは全く別な課題に直面している全く別な動物なのですが、それを「たられば」でまとめて語ってしまえる感覚が、私にはわかりません……

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