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2023年12月26日 (火)

「哺乳類学会 百年のあゆみ」三浦慎吾早大名誉教授の非科学的な歴史解釈

 

2023年秋、哺乳類学会が、学会誕生(正確には前駆組織からの)100年を記念して

「哺乳類学会 百年のあゆみ」(文永堂出版)

を刊行しました。学会のあゆみだけでなく、日本の哺乳類学という学問分野の歴史を振り返る貴重なエッセイ集になっていて、たいへん参考になる書物が出たと喜んでいます。

 

しかし、私たちが関心をもっている「肉食獣」「頂点捕食者」である「オオカミ」、そしてオオカミとシカの関係に関連した章には逆に失望し、歴史に残る記念本なのに、これで良いのかと学会の見識を疑わざるを得ないものとして読みました。

オオカミという動物を知らずに寄稿したのではと疑ってしまうのが第五章「日本人と哺乳類 日本列島の環境史」です。

執筆者の三浦慎吾氏(早大名誉教授)は、Wikipediaによると専門は生物学・動物行動生態学で、野生動物の生態や行動をフィールドワークで明らかにし、それらを保全と管理に役立てることをライフワークにしてきたとあります。本書では、現在の肩書きが日本自然環境センターとなっていました。ここは環境省の外郭団体で野生動物政策のいわば実働部隊です。その重鎮ということで、彼の見識は現在の環境省の姿勢をそのまま反映していると言ってもいいでしょう。

彼は生物学者でありながら、オオカミの基本的な生態をまったく押さえずに、ファンタジーによって形作られた偏見そのままの予断をもって書き綴っています。この笑止なエッセイを看過することはできず、批判を展開することにしました。

突っ込みどころ満載で、ありすぎるためここでは4点に絞ります。

 

①オオカミという生物を知らない人文系の書籍を鵜呑みにして、生物学者としての専門的な検討がまったくないこと

②オオカミの獲物が減少してしまったため、獲物のスイッチングをし、家畜と人間を襲うようになったという主張にはオオカミという動物研究の根拠、出典文献がまったくないこと

③人間の狩猟圧が消えると「オオカミは本来の姿を取り戻し」人間を襲うようになる、という主張は世界のオオカミ研究からの裏付けがまったくないこと

④オオカミはシカの個体数を抑えていたわけではない、と2ヶ所で強調し、オオカミによるトップダウン効果に否定的な印象付けをし、キーストーン種であるオオカミの機能を否定しようとしていること

 

 

第五章のうち、オオカミに関連する部分の概要を説明すると、

最初の段落で日本人と哺乳類の関係の歴史を語るために、野生種としてシカとイノシシ、飼育種としてウマとウシを挙げ、それに加えてその4種に強い影響を与えた絶滅種オオカミを加えて、その5種の動物が日本の歴史とどうかかわったかを解き明かすという意図をもった章です。

この部分ではオオカミはキーストーン種であると認識しているとの記述があります。

旧石器から縄文、弥生のシカ・イノシシと日本人の関係、古代(飛鳥奈良平安)ウマとウシによる国の牽引、中世の森林、農業とシカ、イノシシの関係などに言及した後、話はオオカミが人を襲ったとする事件が多発した江戸時代に移ります。

 

江戸時代のオオカミによる人身被害に関しての三浦慎吾氏の論を要約すると、

 

江戸時代ウマの生産が各地で、特に南部地方で盛んになり、放牧のため切り開かれた牧野はシカやイノシシを増加させた。ウマ放牧とシカ、イノシシの増加はオオカミを「誘引」し、捕食者個体群との間に「捕食-被食関係」を成立させた。

シカやイノシシの狩猟が盛んに行われ、主にロイヤルハンティングによりシカが減った。そこで困ったオオカミはウマを盛んに襲い、その後さらにシカが減り、オオカミは被食者を切替えて人間を襲うようになった。これは全国的な現象で諏訪、加賀でも起きている。この時期のオオカミは「狂ったように」人家に侵入して子どもや家畜を襲った。折しも徳川綱吉の「生類憐み令」が出てオオカミへの捕獲圧が弱まったためオオカミは「本来の姿を取り戻した」のだ。オオカミは新田開発によって増えた草地が獲物であるシカやイノシシを増やし、ボトムアップ的に増えた。しかし、明治時代も含めシカの個体数を減少させたのは、オオカミではなく常に人間の狩猟であった。

 

ということになります。

 

①人文系著作のみ重視

いくつもおかしな点はあるのですが、最初に指摘したいのは、三浦氏が参照したのはほとんどが人文系の、歴史学者、民俗学者、新聞記者が古い文献を参照し、あるいは現存の住民から伝聞でしかない話の聞き取りをして書いた文書だということ。彼らに生物の知識はありませんし、もちろん当時の記録者、聞き取りをした住民にもありません。三浦氏がそこに動物学者としての検討を加えた形跡もまったくありません。

引用された文献の著者は

千葉徳爾(民俗学者)

菱川晶子(民俗学者/博士論文)

栗栖健(毎日新聞奈良支局の新聞記者)

(ちなみに引用文献に「来栖健2004」とありますが、「栗栖健2004」の間違いです。「日本人とオオカミ 世界でも特異なその関係と歴史」江戸時代の記事に関しては「第二部神から凶獣へ」)

村上一馬(歴史学者)

菊池勇夫(歴史学者)

遠藤公男(作家)

平岩米吉(民間の動物研究者)

 

この中で唯一オオカミという動物を飼育下ながら観察して知っていた民間の動物学者平岩米吉氏の意見には見向きもしません。なぜオオカミが人間を襲うようになったかという点について、

 

平岩米吉の「オオカミはみだりに人を襲わないと強調した」に対して「それは事実に反するようだ」と述べ、なぜ人を襲ったのかという疑問に対して「飢饉の影響」という菱川晶子と菊地勇夫という民俗学者、歴史学者の見解を支持しています。

なぜ唯一動物としてのオオカミを知っている平岩を簡単に退けるのでしょうか。意味がわかりません。研究機関などに所属しなかった民間の研究者だからでしょうか。

オオカミという動物の性質として人間が獲物リストに入っていないということは現代の複数のオオカミを専門とする動物学者が明言しています。そのギャップを疑問に思わないのでしょうか。

 

また千葉徳爾が加賀藩の資料に生物としてのオオカミの姿や生態とは相いれない記述があることについて、その原因を「イヌとの雑種化」「オオカミの生態的異変」と推測したのに対して

「詳細は不明だが、交雑や行動変容といった特異な原因ではないと考えられる」

と理由も示さず退けました。「詳細は不明」であるならなぜ否定できるのでしょうか。千葉が推測し提示する原因の是非はともかく、オオカミの姿や生態とは相いれない記述があることは事実であり、その記述はこの動物がオオカミではない可能性を示しています。その解釈を提示しなければ、千葉説を否定するわけにはいきません。そこに疑問を感じず、民俗学者や新聞記者の非生物学的な見解を盲目的に受け入れた非科学的な姿勢に不信を抱かざるを得ません。

 

②獲物スイッチングの虚構

三浦氏は「オオカミが人間を狂ったように襲うようになった」ことに対して

「ウマを生産するために牧野を切り開いたためシカ、イノシシが増え、オオカミを呼び寄せた。さらに狩猟によりシカを減らしたのでオオカミは獲物を家畜と人間に切り替えた。」

と主張しています。

その裏付けとして彼は、イエローストーンで「獲物が減ったことによりオオカミが獲物を切り替えた」として「エルクからバイソンへ」のスイッチングがあると強調していました。

 

事実は、イエローストーンで獲物としてエルクとバイソンの間にはスイッチングは存在しません。もちろんオオカミは機会主義的捕食者ですから、弱っているバイソンがいれば捕食しようとします。しかし、イエローストーンでは主たる獲物は常にエルクです。

ヨーロッパではアカシカ、ノロジカ、イノシシの間でスイッチングの例は観察されています。主たる獲物の変更です。ドイツではアカシカからノロジカに変更しましたが、理由はオオカミがアカシカの多いポーランドから移住した先であるドイツには「ノロジカが多いから」です。ポーランドではアカシカからイノシシに一時的に切り替わりましたが、理由は狩猟によりアカシカが減ったからです。数が多く遭遇する機会が多いから比重が逆転しただけです。後に元にもどりました。

 

しかし、1940年以来の現代のオオカミ研究において、歴史の検討も含めて、「獲物が減少したため(他の動物種ではなく)人間を捕食対象に切り替えた」という主張を裏付ける事例は、まったく耳にしたことがありません。

そのような研究事例、主張があるのならご教授いただきたいものです。欧米のオオカミ研究者は100%、オオカミの獲物リストに人間は入っていないと断言しています。三浦氏の主張を世界に問い、検証してもらうためにも英文版の出版を望みます。

 

③オオカミの本来の姿とは

「生類憐みの令」によりオオカミを含む野生動物の駆除にブレーキがかかったため、オオカミはその本来の姿を取り戻した」

と三浦氏は記していますが、これはつまり人間が狩猟圧をかけなくなるとオオカミは人間を襲うことにためらいを感じなくなることが本来の姿だという意味だと受け取れます。

これは何か裏づけとなる研究事例があるのでしょうか?

1970年代以降、アメリカでもヨーロッパでも多くの国でオオカミ猟が禁止されました。しかし、未だに獲物を人間にスイッチした例はありません。事故は何例かありますが、それは単なる事故です。人間を主たる獲物とする「本来の姿」がどこにあるのでしょうか。

 

④オオカミが「シカを減らさない」とキーストーン種であることに否定的な印象付けをしている

このエッセイで三浦氏はシカの捕食によりオオカミも増加したことがボトムアップ効果であると書き、一方2ヶ所でオオカミがシカを抑えていたわけではないと記しています。

この記述からうかがえるのは、三浦氏はシカやオオカミの増減はボトムアップ効果によるもので、オオカミによるトップダウン効果はなく、人間の狩猟圧がシカの個体数を常に抑えていたとして、日本の生態系そのものがそのような構造なのだと印象付けたいように感じます。

確かに江戸期、明治期の狩猟圧の強さはものすごいもので、欧米の歴史にある毛皮需要を満たすための大乱獲時代と同様に野生動物を激減させています。

しかし、当時シカを激減させた狩猟には、二つの特徴があります。

一つは三浦氏も書いているように、藩主による大量動員の巻き狩りです。領民を数千から1万人以上動員して、一回に600から1700頭のシカを獲るような巻き狩りを何回も行っています。

もう一つは旺盛な毛皮需要に引っ張られて高い収入が期待されるため江戸期には藩が常に管理していたこと、また明治以降は高い報酬が見込まれるため、専業の猟師が成立し、彼らが山中をどこまでもどこまでも追跡する猟が行われていたことです。

その結果西洋と同様毛皮獣を激減させ、捕食者であるオオカミをも最終的には絶滅に追い込みました。

人間は上記のような権力と高い報酬という条件があればシカを減らすだけでなく、根絶する力さえもっています。それが現れたのが江戸期、明治期です。現に北東北ではその後長いことシカの生息は確認できませんでした。

三浦氏は「オオカミはシカを減らさない」と二度にわたって強調しましたが、確かに人間の強い狩猟圧ほど減らすことはありません。しかしオオカミはシカを絶滅はさせることはなく、適度な範囲で維持しますし、「増えすぎたシカ」は減らします。それはオオカミが生態系の中で果たす役割であり、欧米の生態学が行きついた成果です。

オオカミの力を大きく上回る狩猟圧がかかったのが江戸期、明治期だったということは言えますが、このような違いを考慮もせず、オオカミの捕食がまったく力をもたないような表現で、欧米で深化している肉食獣の役割に関する知見を無視して論じているのは生物学者、研究者としての視野が狭く、洞察力もないと言わざるを得ません。

 

  • 結論

このエッセイは明治期までの歴史で終わっていますが、江戸期、明治期に連なる現代では、なんらかの理由で1980年代頃からシカが増え続け、暴走を始めました。そのため、日本の自然界は、植生が衰退したことから始まり、山中の土壌が流出し、河川、沿岸海域に悪影響を及ぼし、また昆虫類、鳥類の棲み処が破壊されていくことになりました。おまけに農業被害も深刻で、交通事故なども多発しています。

哺乳類が原因で、生態系も人間社会も大混乱の真っ最中です。

哺乳類の研究に携わる方たちが、歴史上の記録を生物学的に解釈し、教訓とすることは、現状を理解するために必要不可欠です。哺乳類学会はその原因を直視し、解決の糸口を探し出す役割を負っていると思います。

三浦氏のエッセイの当該部分を要約すると

「シカ、イノシシが増えればオオカミも増えるが、シカを減らすのはオオカミではない、人間の狩猟圧なのだ。

オオカミの本来の姿は人間にとって害獣にほかならず、シカが減少し獲物がいなくなれば家畜や人間に獲物をスイッチし、捕食し始める」

という歴史の解釈だと思われます。

この解釈は、土俗的な偏見を背景にし、極めて非科学的、つまり根拠の薄弱な論理で展開されています。

公式見解としてこのような粗雑なエッセイを掲載する学会の見識を疑わざるをえません。

三浦氏はその学会の重鎮として、自分の知らない動物を、動物学的にも、人間社会との関係においても、世界中にある研究を検討もすることもなく持論を展開するとは、軽率のそしりを免れません。

 

 

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