<ドイツのオオカミ>
追われた「狩猟者たち」
☆ イェーガー博士、ドイツのオオカミに関して、どんなことが問題になっているのでしょうか?
Jaeger(以下J): オオカミはもともと崇拝の対象であり、われわれの友達でもありました。しかし人間がひとつの土地に定住して開墾を始め、環境に手を入れるようになるにつれて、友達だったオオカミが、邪魔者へと変化していったのです。中世に上流階級の人々が狩猟を行うようになると、獲物をめぐって猟師と競い合う存在、つまり「ライバル」と見なされるようになりました。狩猟者にとっては、オオカミなどいない方が都合がよい。こうしてオオカミが殺されるようになってゆきました。この背景にあるのは、教会の扇動による魔女狩りの一部ですけれど、狼男・狼女に象徴される『魔物』という表現です。また一方では単純に「邪魔者は消せ!」という目的だけでも殺されました。これに輪をかけたのが、オオカミをネガティブに扱う物語や、『ジェヴォーダンの獣』のように、人が襲われる話です。フランスでは、何百人もの女性がオオカミに殺されたということになっていますが、もちろん誇張されています。このように「不安感」が、オオカミを殺す理由として広まっていきました。
(挿入された画像) ①狼男/1722年ドイツの木版画
②狼人間/1512年ルーカス・クラナッハの木版画(ドイツ)
③魔女の火刑
④~⑥ジェヴォーダンの獣
⑦赤ずきん
⑧北欧神フェンリル(オオカミの姿をした怪物)
☆ 子供のころ読んだ童話や寓話にも、狼男が出てきました。
J 寓話、童話、赤ずきんちゃんもそうですね。オオカミは友達ではなくライバル、不安を煽るものであり、おそろしい敵と見られるようになりました。
☆ オオカミは危険ですか?
J いいえ、絶対に違います。人間にとって危険なものではありません。
☆ 人間は獲物ではないのですか?
J オオカミの獲物リストに、人間は含まれていません。オオカミは何百年にもわたって人間に追われ続け、それを生き延びてきた動物です。彼ら自身が人間の獲物でした。(…)彼らにとって人間はネガティブなもの。獲物ではなく、彼らの方から避けたい存在なのです。(…)
☆ そういえばザクセン州のある村にオオカミが現れましたが、人間が不在になる時間帯でしたね。(…)つまり彼らは、「いま自分は人間のテリトリーに入っている。人間と鉢合わせしてはならない…」というインテリジェンスがあるのですね。
J とにかく彼らは、その知能や五感のすべてを使って、人間と出会うことを避けていると思います。(…)
☆ オオカミは非常に知能的な狩りをするそうですね。
J ええ、戦略的ですよ。たとえば、私は自分の目で見たことがあるのですが、獲物の群れを追うとしますね…何頭かのオオカミが仲間から離れて、岩の影などに身を隠します。獲物の群れが近くに来ると飛び出して行って撹乱し、ちりぢりになって逃げる中からターゲットを決め、倒します。
☆ 羊やヤギなどを氷の上に追い詰めたりもするそうですね。
J そのような狩りの方法を知っているかどうかによるでしょうが、経験でそういうことを覚えていくのでしょう。
☆ オオカミの知能の高さが、人間にとっては不気味な存在に見えてしまう…?
J そういう見方もできます。(…) 高い知能で狩りをする動物…もともとは友達で崇拝もされていたのに、恐ろしいものとされてしまうのです。
☆ ドイツに戻ってきたオオカミは、ここで生きてゆけるでしょうか?
J 暮らしてゆけると思います。昔からここに棲み、一時は絶滅したが再び戻ってきた。満点とは言えないまでも、以前に比べれば良い。
☆ 繁殖するためのテリトリーの広さや獲物の量は十分にありますか?
J もちろんありますとも。ドイツは豊かな森の国ですから、獲物もたくさんあります。狩猟期に正式に認められている捕獲量から見ても、オオカミたちが食べてゆくには十分な量があるはずです。
☆ 羊が襲われる事件が起きて、羊飼いたちは不安を感じていますね。
J それについては成り行きを見なければなりません。家庭のペットについても、かれらはオオカミから逃げるということを知りません。無防備な羊たち…家畜については守るための対策が必要です。(…)牧羊犬は羊飼いを助ける目的を持つ犬で、羊を安全な方向へ誘導します。羊たちは、牧羊犬の友達であり仲間なのです。犬は仲間を守るためなら、相手がオオカミだろうが山猫だろうが、追い払いますよ。
☆ 人間の存在も、オオカミを遠ざけますか?
J ええ。
☆ つまり私が森に入って行ってオオカミと出くわしたが、私が気づく前に、オオカミの方から逃げ出す…ということでしょうか?
J その通りです。
☆ そのような人目を避けた行動、オオカミの姿を視認できないことが、悪い印象を招いているのでは? 人間は、何がどこに居て何をしているか、周りのことを常に知っていたいのに、見えないけれど居るかも知れないというのは、恐ろしいと感じてしまう….
J ええ、それで神秘的とか魔物のようだとか、いらぬ想像の原因になってしまうのです。目があやしく光っているとかね。
☆ 何か魔力を持った動物….
J 魔力などありません。動物に備わる普通の能力です。人間とは違うというだけです。
☆ オオカミが、私たちの「隣人」になったのですね。
J そう、正しくとらえて、ふさわしく接するならば、とてもポジティブな隣人です。
(“Wilde Woelfe in Deutschland“ Dr.Rolf Jaeger氏へのインタビュー、聴き取り翻訳)