環境教育

2022年7月 6日 (水)

新刊ご案内「絶滅したオオカミの謎を探る」狼と森の研究所

新刊のご案内です。

「絶滅したオオカミの謎を探る―復活への序章」朝倉 裕 編著

絶滅したオオカミの謎を探る ―復活への序章― | 朝倉 裕 |本 | 通販 | Amazon

 

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古来農耕民として生きてきた日本人にとってオオカミは、自分たちの生きる糧を害する草食獣の天敵であって、心強い味方と認識していたはず。にもかかわらず牧畜文明の末裔である西洋的固定観念の虜になっていることが多いのはなぜでしょうか。

「絶滅したオオカミの謎」とは、日本人がなぜこれほどオオカミの姿を誤解しているのか、日本人の目に仕掛けられた偏見のフィルターが広く深く浸透しているのか、ということの「謎」でもあります。

 

そのフィルターを取り除いたとき、日本の歴史の中にどのようなオオカミが見えてくるのか、を本書で描き出そうとしました。

そこに現れた姿は未来に向けてオオカミ復活の基礎知識となるものと確信しています。未来を担う世代に手渡すべき自然には頂点捕食者の存在が不可欠であると、一人でも多くの人に理解していただけることを願っています。

 

 

 

 

2019年6月19日 (水)

「オオカミ再導入」が理解されてこなかった理由(2)日本の生物学の歴史

 

欧米の生物学/生態学は、ヨーロッパからアメリカに中心が移り、大きく展開しました。
それはアメリカで特に肉食獣が憎まれ、根絶のために力を注ぐことになったからです。そのための研究が逆に肉食獣の役割をはっきりさせることになりました。

 

では日本の生物学の歴史は、欧米とはどこが違うのか、検証してみます。

ヨーロッパで博物学が盛んになった頃、日本でも同じように珍しいものを収集し、名前をつけ、分類する動きがありました。「本草学」と呼ばれています。
しかし、本草学は近代の生物学に脱皮することはなく、明治維新を境に「本草学」は終焉し、日本はアメリカから導入した「生物学」を習得することになりました。
東大に生物学科が設置され、教授に就任したのはエドワード・モースとアメリカ留学帰りの箕作佳吉の二人です。初めての学生は4人。この4人の学生から日本の生物学は始まりました。

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明治から大正を通じて、東大から始まった生物学は、卒業する学生が増えるにつれて「生物学科」を各地の帝国大学や師範学校に分散させていきます。先んじたのは北大、東北大、京大等です。
各大学でまず着手したのは、主に分類学と生物地理学、つまり日本にいる生物を分類することとどのような生物がどこに分布しているのかという地図づくりです。そして対象となったのは、海に囲まれた日本で豊富に入手できる水生生物でした。東大が三崎に臨海実験所を設立し、続いて北大、京大も臨海、臨湖実験所を作ります。
大型動物の研究、特に野生動物の研究が始まったのはだいぶ遅く、1920~30年代に研究生活を始めた京大の今西錦司と北大の犬飼哲夫まで待たなければなりません。特に今西錦司は戦前戦中のモンゴル大興安嶺で野生馬に興味をもったと言っています。しかし中断し、1947年、終戦間もない時代に九州でサルの研究をはじめました。私が調べた限りでは、大型野生動物の野外研究は、これが最初の例ということになります。

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「オオカミ再導入」が理解されてこなかった理由(1)欧米の生態学の歴史から


「オオカミ再導入・復活」はゆがんだ生態系の復元のために必要なことですが、日本の学界や環境省にはまだ理解されていません。
それがなぜかを考えていくと、一つには日本と世界(この場合アメリカ)で、動植物の関係性をめぐる学問の世界がまったく違っているのではないかと思い当たります。

学問の世界で、同じ「生態学」(英語ではecology)と呼ばれているものが違うものだとは、なかなか考えにくいことですが、生物学の歴史をたどっていくと、ひょっとしたら、と考えざるをえなくなります。

 

 

欧米の生物学は、博物学から始まりました。十字軍の遠征や大航海時代を経て、様々な珍しい文物がヨーロッパに集まってきたところからです。
収集されたものに名前をつけ、分類することが近代の生物学の歴史の始まりです。

その後、欧米各国による世界探検が始まり、標本が入ってくるだけでなく、標本の動植物が実際に分布している現地へ博物学者が遠征する時代がやってきました。その代表的な人物がフンボルトです。フンボルトは生物地理学の創始者であり、生物の分布を世界規模で【面】としてちらえ、地球環境や気候との関係で考えました。

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約60年後、ダーウィンはフンボルトから影響を受けて行動を起こしました。ビーグル号の探検に同行したのです。その成果として得たものが進化論のヒントでした。生き物は長い【時間】の中で進化して、今のような種と分布につながるのだ、という進化論は、種の多様性や分布を理解するために時間軸を取り入れました。

「種の起源」出版から66年後、イギリス人チャールズ・エルトンは「動物の生態学」を出版しました。

そこで彼が明らかにしたのが「食物網」「食物連鎖」、つまり自然界は捕食者/被食者、食べる/食べられる、上位者/下位者という関係性で作られているということです。生き物の多様性はただ横並びになっているだけでなく、捕食/被食という【タテのつながり】があることに気づいたのです。

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