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生物多様性

2013年2月24日 (日)

絵でわかる生態系のしくみ 鷲谷いずみ著 ~そのキーストーンの理解は正しいのでしょうか?

絵でわかる生態系のしくみ 鷲谷いずみ著

http://www.kspub.co.jp/book/detail/1547582.html

出版社の紹介文にもあるとおり、生態学の第一人者、鷲谷いずみ先生の著書ですが、疑問に思うことがあり取り上げさせていただきます。

この本は生態学の初心者向け解説を目的にし、生態学用語を、一つ一つ見開き2pを使い、解説とイラストで説明しています。その用語の一つとして「キーストーン種」を取り上げています。そのキーストーン種に関しての疑問です。

以下に鷲谷先生の文章を引用します。

***********

ある生物種が一種だけ、侵入あるいは絶滅したために、群集が大きく変わってしまうことがよくあります。陸上生態系では、大量に植物を食べる消費者、すなわち体の比較的大きい草食動物が、そのような役割を果たしていることが知られています。

たとえば、多くに島で、人間が持ち込んだウサギやヤギが植生を大きく変えてしまう例が認められています。森林が失われて、まばらな草原になってしまうのです。一部でも森林が残されているときにフェンスを張って、草食動物が入れない区画をつくっておくと、そこでは樹木の芽生えが育ち、再び森林への遷移が進み始めます。

それまでその地域に見られなかった樹木を植林することが、生態系を大きく変えてしまう例は、ダーウィンが自らの進化論を記した著書『種の起源』の中でも紹介されています。親戚の所有地の貧栄養なヒース草原に、何エーカーかにわたってトウヒを植林したら、植生が大きく変化し、昆虫相が変わり、鳥の種類が増えたという例です。

海の生態系では、海獣の役割が注目されています。ウニを大量に食べ、海藻のケルプにくるまって眠るラッコは、ケルプの海中林にとって、なくてはならない動物です。乱獲でラッコがいなくなり、ケルプを食べるウニが爆発的に増えて、海中林が破壊されてしまった例も知られています。

キーストーン種は、その生態系における生物間相互作用のネットワークにおいて、扇の「要」、あるいは西洋建築のアーチにおけるキーストーン(要石)ともいうべき役割を果たしている種です。その種の侵入や喪失により、生態系の性質や動態が大きく変わってしまうため、生態系の保全の場面では注目される種であるといえます。

ダムをつくることで川をせき止め、一帯を湿地に変えるビーバーは、物理的な基盤条件の大きな変更によって、生態系全体を異なるシステムへと誘導します。そのような種は、エコシステムエンジニアと呼ばれています。

**************


説明のために描かれているイラストは、ウサギです。ウサギと草原を描いて、「ウサギが持ち込まれた生態系は『まばらな草原に変化』」、と説明し、「ウサギがいない生態系=樹林」では、「ウサギが『キーストーン種』になっているんだね」とコメントを入れています。

「キーストーン(要石)」の言葉の説明にはアーチ橋の絵をもってきます。「アーチ橋のようにキーストーン種は生態系における生物間相互作用のネットワークの扇の『要』なのね」と案内役のカエルに言わせています。

キーストーン種の例として取り上げているのは、陸上生態系では「ウサギ」や「ヤギ」で、「大量に植物を食べる消費者、すなわち体の比較的大きい草食動物が、そのような役割を果たしている」と書かれています。これでは陸上生態系での「キーストーン種」は大型の草食動物だけであるように読めます。

??????

前にも生態学事典の「キーストーン種」の説明を引用しましたが、

http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2012/11/post-eeb8.html

生態系における食物網の最上部に位置し、他の種の存在に大きな影響力をもつ種を「キーストン種」とよんだのが(Paine、1969)、生態系におけるこの語の使われはじめである。

となっています。つまり肉食の上位消費者のことを指すのが使われ始めです。

その後定義は拡張され、

キーストン種であるかないかは、食物網内の位置にかかわらず、系内の他の種に与える影響の程度により決まるとされる。

とありますので、草食動物がキーストーン種と呼ばれることを否定するものではありませんが、「陸上生態系においては」との前提で、草食動物だけしか挙げず、食物網内の肉食の上位消費者を無視されているのは、片手落ち、初学者の理解を妨げるものではないでしょうか。

ちなみに図書館に並んでいる他の生態学の教科書的なものも確認してみましたが、どれも生態学事典の説明を踏まえたものでした。

また、鷲谷先生は、ダーウィンの親戚が植林したというトウヒの例がお好きで、よく取り上げられますが、そのトウヒの植林によって生物相が変わったという例のようにキーストーン概念を植物に拡張した例は、他にあるのでしょうか?鷲谷先生のオリジナルでしょうか?

これも本来の用語理解を妨げるものだと思います。

先生が取り上げたウサギの例でいえば、ウサギを抑える肉食獣の不在が、ウサギの爆発的な増加を可能にした原因であり、その不在の上位消費者こそ本来「少数でありながら生態系全体に影響を及ぼす」キーストーンという存在ではないでしょうか。

アーチ橋のキーストーンは、たった一個で全体の安定を支えている重要な位置にあります。食物網内で役割を持つ、そのような肉食獣の例を取り上げない解説は、理解できません。

「海の生態系」の例として取り上げられているラッコは、よく知られた最初の事例ですので、これで肉食獣の存在を説明されているとお考えと思いますが、「陸上生態系」「海の生態系」と分けられている以上、その二つは別物と受け取られます。

つまり「陸上生態系」のキーストーン種は、「ウサギのような草食動物」と「トウヒのような植物」であり、「海の生態系」におけるキーストーン種は「ラッコのような小型肉食獣」であると、読む側は受け取ります。

「海の生態系」におけるラッコとウニの関係を、ウサギにあてはめて考えれば、海藻を食べるウニは、陸上では植物を食べるウサギに当ります。ラッコが海のキーストーン種であるなら、陸上ではウサギを捕食する肉食獣がキーストーンでなければならないのではありませんか。

「キーストーン種」と題したテーマなのですから、ビーバーのような脇役を解説する字数で、本来のキーストーン理解を助ける例を取り上げるべきではないでしょうか。

鷲谷先生は、「オオカミ再導入」はきっぱり否定されていると聞き及びます。

オオカミに言及することを避けるために、このような訳のわからない解説になったのではないかと勘ぐってしまいます。

「キーストーン種」という用語自体、依然としてあいまいであり、意味の拡張を続けている用語なのは承知の上で申し上げますが、鷲谷先生の独自の解釈で語義を拡張され、初学者向けのご著書で展開されるなら、もう少し学会の中で議論されてからにしていただけませんか。

読む側は、混乱するばかりです。

【追記】

もう一冊見つけました。鷲谷先生と同じように、ウサギをキーストーンとしている教科書、と思ったら著者は鷲谷先生でした。

保全生態学入門 著者:鷲谷いずみ 矢原徹一 文一総合出版

この本のコラムに、キーストーン種の用語解説として、鷲谷先生がキーストーンと考えるウサギの事例がやや詳しく説明されています。

1950年代に南イングランドのシルウッドパークのイングリッシュオークの林に、食肉目的でウサギが放されました。その後(捕食者のいない環境で:筆者注)増えたウサギがオークの林を食べつくし、まばらな草原に変わってしまいましが、1970年代のある年、ウサギを死なせるウィルスを人為的に投入し、ウサギが激減したのです。ウサギがいなくなった後、カケスが種を運んでくるようになり、オークが復活したところから、この林の景観を変えていたのがウサギだったことがわかった、というエピソードです。原典は、Dobson & Crawley(1994)。

鷲谷説の根拠となる文献はこれでしょうか。この原典に、このウサギがキーストーン種であると書かれているかどうかは、未確認です。

その前後の本文中にもキーストーン種の意味が説明されています。キーストーン種とは、外来種である草食動物であり、本来いなかった場所に入り込むことによって景観に影響を与えてしまうような動物だそうです。

キーストーン種の索引で開いたページには、このような意味の解説しかありませんでした。肉食獣の話は一言も登場しません。本当にこれで正しいでしょうか?

肉食獣は鷲谷先生の目には、入っていないようです。

これでは、キーストーン種であるウサギを捕食する可能性のあるオオカミの再導入は、日本にいてはならない外来の肉食獣の導入、としか映らないかもしれません。

でも、ペイン博士が発見した現象を素直に読めば、キーストーン種はウサギではなく、ウサギを捕食する肉食獣ということになると思うのですが、いかがでしょうか。

2012年11月24日 (土)

「キーストーン種」って何?

オオカミのような捕食者を表現する言葉がいくつかあります。

大型肉食獣、捕食者、頂点捕食者、キーストーン種、キーストーン捕食者

その中で、一般人にわかりにくいのが「キーストーン種」という用語です。

キーストーンという言葉そのものは、建築用語から取られたものであり、アーチを構成する重要な要石になるものを指します。建築用語としても、日本人には意外に理解しにくいものではあります。まずアーチを想像することがありませんし、日本にも要石という言葉が(建築ではない分野で)あるからです。

アーチ構造におけるキーストーンとは、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%81%E6%A7%8B%E9%80%A0%E5%9B%B3.png

この小さな、最後に打ち込み全体を安定させる楔石のことを言います。

これを生態学に転用し、「少数でありながら、全体を支える役割をもつ種」としてキーストーンという使い方をしました。

日本でいう「要石」のイメージは、これでしょうね。

Kanameisi

地震を起こす大鯰を抑える、「地上部分はほんの一部で、地中深くまで伸び、地中で暴れて地震を起こす大鯰あるいは竜を押さえているという。」(wiki)

ここで少しイメージにずれがあります。日本の要石は、大きな石のようです。


生態学事典では、「キーストーン種」についてこう書かれています。

キーストンとは、ギリシャローマ時代以来のヨーロッパのアーチ建築に見られるごとく、アーチの最上部に据える楔形をした要石のことであり、これががないとアーチは不安定になり崩れてしまう。転じて、生態系における食物網の最上部に位置し、他の種の存在に大きな影響力をもつ種を「キーストン種」とよんだのが(Paine、1969)、生態系におけるこの語の使われはじめである。アメリカ西海岸の岩礁潮間帯において、上位捕食者であるヒトデは、岩礁表在生物のうち競争優位種である二枚貝のイガイ類を好んで食べることにより、後者による空間資源の占有を阻み、結果としてフジツボ、カサガイ類などの競争劣位種の存在を助け、系全体の総種類数を高いレベルに維持する。逆にこの系からヒトデが除かれると、イガイ類による競争的排除が進み、劣位種の個体数が激減したり、系から完全に失われることになる。キーストン種の概念は、もともとこのような「影響力あるいは波及効果の大きい上位捕食者」に適用されてきたわけで、食物網の「上からの制御(トップダウンコントロール)概念、あるいは栄養カスケード概念との結びつきが強い。しかしながら、1980年代から90年代にかけてキーストン種という語は肉食性捕食者だけでなく、植食者・被食者・共生・寄生者なども含めて、群集を構成する他の種の存在に大きな影響を与え、種組成・体サイズ分布・エネルギーの流れなど、群集の特徴を決めるのに顕著な役割を果たしている生物一般に使われるようになり(Menge et al.,1994)、今日に至っている。すなわち、キーストン種であるかないかは、食物網内の位置にかかわらず、系内の他の種に与える影響の程度により決まるとされる。これに伴い、捕食者がキーストン的な役目を勤めている場合には、キーストン捕食者とよび、広義のキーストン種とは区別されることも多い。

(生態学事典)


発行は2003年、編集は日本生態学会 巌佐 庸、菊沢喜八郎、松本忠夫。


最初の「キーストーン」という建築用語から、事典に書かれているような変遷があることはわかりますが、「キーストーン」の小さな楔石というイメージを払拭しないと、理解できないことも多くなってきます。

シカのように圧倒的に数が増えて景観を変えてしまう種も「キーストーン」と呼ばれることがあるからです。

さらに最近になり、鷲谷いずみ「生態系を甦らせる」(2001年)を読み返していて、またまた戸惑うことになりました。


第三章[進化する生態系」で著者は、自然淘汰による適応進化、自然淘汰、という小項目でダーウィンの進化論までの流れを解説してきて、次に「生命の網の目を意識する」という項目で、「種の起源」には生態学のいくつもの分野のさきがけをなしていて、様々な分野はダーウィンから始まったと解説し、生物間相互作用の例として次のように書いています。


「(ダーウィンは)ある一種が侵入したため、群集全体が変わってしまった例について詳しく記述している。例えばダーウィンが紹介しているのは、彼の親戚が所有しているヒース草原の例である。その親戚が何エーカーかにわたってマツ科の常緑高木であるトウヒを植林したところ、まず貧栄養だったヒース草原の植生が大きく変わってしまい、ついで昆虫相が変わり、そこに棲む鳥の種類までが増えたというのである。今ではそうした種を「キーストーン種」と呼び、保全とのかかわりで注目している、その種の侵入や喪失が生物群集の性質を大きく変えてしまうような「要」ともいえる種のことである。ダーウィンは「キーストーン種」という言葉こそつかわなかったものの、そのような種が存在することを明確に意識していたようなのである。」


生態学事典の「キーストーン種」説明の流れを追うと、こうなります。

生態系における食物網の最上部に位置し、他の種の存在に大きな影響力をもつ種を「キーストン種」とよんだ(Paine、1969)

②キーストン種の概念は、もともと「影響力あるいは波及効果の大きい上位捕食者」に適用されてきたわけで、食物網の「上からの制御(トップダウンコントロール)概念、あるいは栄養カスケード概念との結びつきが強い

③1980年代から90年代にかけてキーストン種という語は肉食性捕食者だけでなく、植食者・被食者・共生・寄生者なども含めて、群集を構成する他の種の存在に大きな影響を与え、種組成・体サイズ分布・エネルギーの流れなど、群集の特徴を決めるのに顕著な役割を果たしている生物一般に使われるようになり(Menge et al.,1994)

④キーストン種であるかないかは、食物網内の位置にかかわらず、系内の他の種に与える影響の程度により決まるとされる。


ここまでは動物の食物網内の役割を現す用語として使われてきたようなのですが、鷲谷さんは、これを植物(トウヒ)まで定義を拡張したように見えます。

これは学会のどこかで合意があったのでしょうか。一般向けの図書に書かれるのであれば、当然動物と植物の違い、食物網とかかわりなく適用するという合意や議論があったと見るべきだと思うのですが。それとも生態学の世界では、このようなジャンプは当然のようにあることなのでしょうか。

それともこの言葉自体がいまだにそれほどあいまいなままなのでしょうか?

私のこの疑問は正当でしょうか。それともこのような疑問を持つこと自体間違っていますか?


2012年8月 1日 (水)

生物多様性の危機とは~二次的絶滅が日本で起きている

生物多様性国家戦略について、オオカミ復活すべし、と言う立場から記事を掲載しましたが、この国家戦略の、日本の自然の置かれた状態についての認識が、間違っているのではないか、という指摘を書いておきたいと思います。

環境省は、生物多様性の危機について、その原因を下記のように認識しています。

            

http://www.biodic.go.jp/biodiversity/wakaru/about/biodiv_crisis.html


開発や乱獲による種の減少・絶滅、生息・生育地の減少(第一の危機)
              

里地里山などの手入れ不足による自然の質の低下(第二の危機)
              

外来種などの持ち込みによる生態系のかく乱(第三の危機)
                      


シカ等の野生動物が増えていることは、第二の危機で触れていますが、はっきりと原因を指摘するのではなく、単に「個体数増加が生物多様性に大きな影響を与えている」とするだけです。

NPO意見交換会に出席された環境省の担当の方には、「第一の危機でもなく、第二の危機でもない」危機なのだということはプレゼンさせていただきましたが、このような環境省の原因分析では、本当の日本の自然の中で何がおきているのか、を理解することができません。

この国家戦略のために聴取された識者委員の方たちの頭脳の中には、これを理解するカギがないように見えます。そうでなければまだ確信がもてずに発言を控えられているのではないでしょうか。

このカギは、アメリカでの議論にあるように思います。

たびたび引用しますが、「捕食者なき世界」(ウィリアム・ソウルゼンバーグ:著者は科学ジャーナリスト)は、このような問題について、アメリカ人の研究者が何を見つけ、アメリカでどのような議論がされてきたかを教えてくれます。

                

この章です。

第5章 生態系のメルトダウン

           

この章の主人公は、

ジョン・ターボー

1936年生まれ デューク大学、プリンストン大学教授(現在のことは不明です)

 

1990年ごろ既に、熱帯生態学の第一人者で、本書ではこう評されています。

「比類ない多様性を誇る熱帯雨林の生物に広く通じ、野外研究では一流の植物学者や鳥類学者、霊長類学者にひけをとらなかった。熱帯の生態系に関して、ターボーは例を見ないほど広い範囲にわたる重要な論文を発表していた。」

 

その生態学の第一人者が関心をもっていたのは、

「1988年に「世界を支配する大きな存在」という大胆なタイトルで発表した。彼が「大きな存在」の筆頭にあげたのは大型捕食動物だった。」

「もし私の考えているとおりなら、ジャガー、ピューマ、オウギワシといった熱帯雨林の頂点捕食者は、その生態系を安定させ、きわめて多様な動植物を維持する上で、中心的な働きをしているはずだ」」


              

その関心は以下のように公式に表明されました。


                  

1980年、生物多様性の危機に触発されて「保全生物学」という分野が生まれ、その誕生を正式に宣言する書籍『保全生物学』(マイケル・スーレ、ブルース・ウィルコックス編)が刊行された。ターボーは研究仲間のブレア・ウィンターとともに「絶滅の原因について」と題する章を担当した。ふたりは、絶滅には主に二つの種類、一次的絶滅と二次的絶滅があると論じた。一次的絶滅は、種が小さな個体群に分かれて危機的に孤立――すなわち断片化――することや、気候変動や重大な事故によって引き起こされる、それは人間が自然界のそこかしこに斧を打ち込み、大自然の最後の砦まで崩壊させた結果であり、生物多様性が蝕まれるプロセスがありありと見て取れる。

                       

しかし、
ターボーとウィンターの興味を引いたのは、二次的絶滅というもっとわかりにくく、思いがけない絶滅だった

「ロバート・ペインがマッカウ湾の潮間帯のヒトデを海に投げ捨てたところ、まもなくそこに棲んでいた生物種の半分が姿を消したことはよく知られるが、二次的絶滅の経過はそれによく似ている」とターボーとウィンターは書いている。「ここに、これまでほとんど誰も手をつけていなかった重要な研究分野がある。

              

頂点捕食者がいなくなると陸上の生態系にどのような影響が出るかについては、なにもわかっていないに等しい

そして章の後半で実例をもって、二次的絶滅は頂点捕食者がいなくなることを契機として、連鎖的に(カスケード)起きるという意味のことを書いています。

こうした影響もあって、イエローストンの再導入の議論も進展していったのです。


 

「捕食者なき世界」で取り上げられている、捕食者を失った生態系の事例は、今日本で起きていることそのままです。

環境省の言う【第一の危機】によっておきたのは、100年前の【頂点捕食者の絶滅】でした。それに加えて【第一の危機】の中にあるもう一つの現象、開発行為によるシカの餌場の拡大があり、【第二の危機】里山の放置でさらにエサを増やして、現在の状況があります。そしてシカの爆発的な増加は、カスケード的に二次的な絶滅を呼びこみます。

                         

シカがカモシカを高山から追いやり、減らしています。下層植生を食べつくし、その植物に依存して生きていた蝶や、鳥や、小動物がいなくなりました。土壌は乾燥し、土壌生物はいなくなります。シカは落ち葉まで食べつくし、落ち葉を分解して川を通じて海に送り込んでいた栄養素が断ち切られます。土砂が渓流に流れ込み、渓流魚がいなくなります。

これらは断片的に研究結果が出てきています。

日本では二次的絶滅に関する専門家の見解はほとんど紹介されていません。
          

岩波書店の「現代生物化学入門6 地球環境と保全生物学」(鷲谷いずみ、松田裕之ほか)に若干触れられていますが、十分にこの用語を解説し、日本の現状と結びつけて検討してはいませんでた」。

                   
まして、二次的絶滅の原因になる頂点捕食者の存在の意義については、触れてもいません。

 

頂点捕食者不在をどうするかについて、日本ではアメリカで行われた議論とはまったく異なる状況にあります。頂点捕食者がいなくなった影響について議論するのではなく、頂点捕食者を日本の自然に戻すことは、

「外来種の導入であり、生態系にどんな影響が出るかわからない」ため、議論することさえしない

「現状よりも悪くしないことが重要だ。だから予測のつかないことはやめるべきだ」

                       

というのが日本の研究者あるいは専門家の現在の態度のように見えます。環境省も今までは同じでした。議論の俎上にさえありません。

アメリカでは、頂点捕食者がいなくなると何が起きるかわかっていないが、頂点捕食者がいなくなった生態系では恐ろしいことがおきている、ということが議論の対象になっていました。

 

「これまでほとんど誰も手をつけていなかった重要な研究分野がある」と注意を喚起した研究者もいました。

 

日本で起きているのは、生態系の二次的絶滅そのものです。

 

ここに【日本では】ほとんどの研究者が手をつけていない重要な研究分野があるのに、誰も手をつけようとしていないかに見えます。

 

 

 

「捕食者なき世界」では、この章は、「緑が消える」というサブタイトルで終わります。

                     

 

「あなたの周囲をみてほしい」「乾燥したアメリカ西部の草原は家畜に荒らされて、トゲの多い低木に覆われつつある。マレーシアの森は、野性のブタのせいで消えつつある。そしてアメリカ東部の森は、オジロジカに食い尽くされようとしている」



                     

日本もそうならないために、かつて日本にいた【オオカミ】という頂点捕食者の存在を見直す必要があります。

                                     
                                

2012年7月23日 (月)

生物多様性国家戦略は日本の自然を見ているか~オオカミなしに生物多様性は語れない

生物多様性国家戦略のこと~ミソサザイからの提言

環境省は現在、生物多様性国家戦略の改訂を進めていて、8月5日までパブリックコメントを募集しています。

http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=15444

 パブリックコメントは、一般人が国に対して直接ものを言えるほぼ唯一の機会。この機会に、ちょっと関心をもってみませんか。

◆生物多様性国家戦略って、そもそも何?

私たち人間の社会は自然の恩恵なしには成立しません。その自然の健全さはたくさんの生物のつながりによって支えられていますが、人間活動の拡大によって地球上では平均すると1日に数種~十数種という凄まじいスピードで生物が絶滅しています。もし世界中の国々がそれぞれ、これまでどおりの開発行為を野放図に続けていけば、遠からず後戻りできない地点(ティッピング・ポイント)を過ぎて地球の生態系は加速度的に崩壊を始めてしまいます。人間がみずからの存続を危うくするほど地球環境を損なってしまう前に、何とかしなければならないと開かれたのがいわゆる「地球サミット」(1992年リオデジャネイロ)で、それを契機に環境に関する国際条約や会議などが開催されてきました。

このあたりの流れはWWFのサイトにコンパクトにまとめられているので関心のある方はこちらをご一読下さい。 

生物多様性条約

http://www.wwf.or.jp/activities/wildlife/cat1016/cat1327/


生物多様性条約と日本 

http://www.wwf.or.jp/activities/2010/05/830725.html


 条約締結国として、日本も、条文に書かれている「生物多様性国家戦略」を作成しなければなりません。


 生物多様性国家戦略とは、日本という国が生物多様性という分野に関して今後どのような国づくりをし、国としてどう行動していくのかをあらわしたもの。「人と自然の関わり方を見直し将来像を示すものとして作られる指針(環境省の説明会より)」です。


例えていうなら企業の社屋の正面玄関や社長室に額縁に入れて掲げられる「社是」のようなもの。「お手本」であり「作りました」と対外的にアピールするためのもので、書かれているから実現すると約束されたわけではないし、実現できなくても誰かが責任を問われるとかいうものでもありません。さらに、ここに書かれないからといってそれが否定されたということを意味するわけでもありません。

では何の意味も無いかといえばそうではなく、社是が社風を作りその会社の独自の存在価値の源となり、従業員の行動や思考も既定して将来的には会社そのものの存続をも左右するように、国家戦略も今の時点での国を挙げての行動指針(こう行動しましょう、という声がけ)なので、国民のひとりひとりが「これで良いか?」と考えてみるべきものです。

刻々と変わる国際的および国内的な情勢も反映するよう書かれているため、何だかとりとめのない感じの文書なのですが、これを読むことで、現時点で「国」が自国の自然をどう見て、将来像をどう考えようとしているかをうかがい知ることができます。

今回の改訂の目玉は2010年に開催されたCOP10名古屋(第10回の条約締約国会議)で決められた世界の新たな目標である「愛知目標」を内容に含めること、そして、国の将来像を考えるうえでの大きな衝撃となった東日本大震災の経験をふまえての内容とすることです。これに加えて、確実に訪れる人口減少も考慮に入れた国土全体の将来像の考え方を示す必要があります。

◆ 積み残しのオオカミ問題

 ところで日本はいま、増えすぎたシカによる自然環境の改変が進み、農林業被害だけでなく、各地で植生の変化や表土の流出による生物多様性の急激な低下が進行しています。これは日本の自然に本来備わっていた健全な頂点捕食者機能がオオカミの絶滅により失われたことに原因の一端があります。オオカミの絶滅後にその機能を補完していた狩猟者も、社会状況の変化によりその力を失ってきています。

わが国の生物多様性を将来にわたって維持回復してゆくためにはこの「自然の中に欠かせない頂点捕食者機能」を「いったいどういう手段で存続させていくのか」を真剣に考える必要があります。

 米国でイエローストーン国立公園にオオカミを再導入により復活させたのはこの機能の回復のためであり、その結果、地域の生態系の健全さが回復した実例があります。ですから日本でも、社会構造の将来予測を勘案すれば、人の手の届きにくい奥山地域の頂点捕食者機能は再導入によりオオカミを野生復帰させて自然の遷移にゆだね、人間による狩猟やカリング(間引き)の労力は里地里山に集中させるというビジョンが、合理的かつ環境倫理上も齟齬のない将来像であると言えます。

 しかし、生物多様性国家戦略には、改定案ではもちろん、従来のものにも、絶滅したオオカミのことをどう考えるかは何も触れられていません。シカ激増による生物多様性の低下は人間の社会が変化したことに起因する「第2の危機」と位置づけられており、


(生物多様性の危機については、環境省生物多様性センターの説明を参照:

http://www.biodic.go.jp/biodiversity/wakaru/about/biodiv_crisis.html

それは今回の改訂でも残念ながら変わることはありませんでした。

実は今回の改訂にあたり、NGO・NPOの意見も聞こうという会が2011年秋から催されていて、私たちはシカ激増の根底には人間がオオカミを絶滅させた「第1の危機」があり、それがめぐりめぐっていま現われているのだという点も併記するべき、と提言しました。環境省の担当者もその点には心を動かされた様子に思えましたが結局それらしい文章がもりこまれることはありませんでした。その理由は、改定案の33ページ、第4節「わが国の生物多様性の現状」の冒頭を見るとわかります。国家戦略を作る際の前提となる「生物多様性評価」の検討委員会および協力した208名の専門家が評価期間と設定したのは1950年代後半から2010年まで。そのあいだに起きた変化だけをみて物事を考え決めているため、それ以前に絶滅していたオオカミは最初から思考の外にある、というわけです。

でも私たちの国土の自然は、当然のことながら、1950年代に始まったものではありません。国家戦略の中では、わが国の基本姿勢として「100年計画」と銘打ち、「過去100年の間に破壊してきた国土の生態系を、次なる100年をかけて回復する」(55ページ第3章の第2節)「自然の質を着実に向上させることを目指す」と明記しています。明治期の野生鳥獣大乱獲時代からオオカミの絶滅を経て、戦争や山林乱開発などで荒廃していた時代。そこをスタート地点として環境の変化を評価し、そこから未来を描くことははたして妥当なのでしょうか。日本の生態学はオオカミの絶滅後に始まったものです。目の前の現象をそのまま記述する学問であるわが国の生態学には、自然の調節機能としての頂点捕食者の存在への視点が欠けているとの自覚は、専門家たちにあるでしょうか


◆ シカが国を動かした

もっとも、さすがの環境省も、自然の中から中・大型哺乳類をめぐる自然調節能力が失われている現状は認めざるを得なくなったようで、今回の改訂では、2010年版には無かった記述が入りました。58ページ、国土のグランドデザインで「奥山自然地域」に関する部分です。従来の書き方は、人の影響さえ遠ざけておけば自然は維持され何の問題もおこらないかのようなもので、いったい国は現実に起きているシカ問題をどれだけ深刻に受け止めているのかと機会あるごとにその点をパブリックコメント等で指摘してきました。今回の改訂案では《現状》にシカ問題の深刻さが記述され、《目指す方向》にも森林生態系への影響を抑制するためにシカの保護管理を進める、とあります。そして《望ましい地域のイメージ》には「ニホンジカが生態系に悪影響を与えない生息数に維持されている。」の一文が入りました。

「奥山は、人の活動は制限するけどあとはほっておけばよい」という感覚から「維持しなければ危うい」と明言するようになった「国の認識の変化」はとても意味のあるものだと思います。捕食者オオカミを失って自然の中で悪者扱いされねばならなくなったシカや、シカの影響で地域絶滅していく動植物の命たちが、ようやく国を動かしたというわけです。

あとは、この維持管理を将来にわたって現実的にどう担っていくべきか、担っていけるのか、という議論になります。その先の「生態系の健全な機能を維持回復させるための事業」であるオオカミ復活へとつながる、ほんのわずかな前進といえます。

◆ これからの課題

 生物多様性の保全と持続可能な利用に向けた今後の課題(51ページ)が5つあげられていますが、その中の「科学的知見の充実」というところには「自然科学と社会科学の総合的な分析や、対策のオプションと効果などに関する研究が十分に進んでいないため、将来の選択肢を提示できていない」と書かれています。オオカミ復活の問題はまさにこれにあてはまります。今回の改訂で、奥山で起こっている問題の深刻さをようやくみとめた国が、それではいつ「その修復にとりかかるかどうか」という選択肢を国民に提示することができるでしょうか。

シカはたった数年でその地の生物相を変化させてしまいます。事態は全国規模で拡大・進行しており、場所によっては(大台ケ原がその典型)明らかにティッピング・ポイントを過ぎてしまい回復不能な生態系も出始めています。時間の猶予はありません。

 また「いのちのつながり」の重要性をうたいながら、具体的な行動内容をよく読むと「つながり=場の形成」のみで、森林生態系の中大型哺乳類をめぐる物質循環とエネルギーフローは頂点捕食者オオカミの絶滅により途切れている、という事実についての考え方は何も示されていません。これは、「生態系サービスでつながる自然共生圏の認識」などと言って奥山で捕獲されたシカをどう人間領域に持ち出して消費・有効利用を促進するかを考えるだけでは十分な理解とはいえません。これは自然領域での腐食連鎖という重大な科学的知見が欠けていることからくるもので、そこについての研究の推進もぜひもりこむべきではないかと思います。

この国家戦略は適宜改訂されていくものという位置づけですが、次の改訂にはさらなる進展を期待したいと思います。