生態学

2022年7月 6日 (水)

新刊ご案内「絶滅したオオカミの謎を探る」狼と森の研究所

新刊のご案内です。

「絶滅したオオカミの謎を探る―復活への序章」朝倉 裕 編著

絶滅したオオカミの謎を探る ―復活への序章― | 朝倉 裕 |本 | 通販 | Amazon

 

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古来農耕民として生きてきた日本人にとってオオカミは、自分たちの生きる糧を害する草食獣の天敵であって、心強い味方と認識していたはず。にもかかわらず牧畜文明の末裔である西洋的固定観念の虜になっていることが多いのはなぜでしょうか。

「絶滅したオオカミの謎」とは、日本人がなぜこれほどオオカミの姿を誤解しているのか、日本人の目に仕掛けられた偏見のフィルターが広く深く浸透しているのか、ということの「謎」でもあります。

 

そのフィルターを取り除いたとき、日本の歴史の中にどのようなオオカミが見えてくるのか、を本書で描き出そうとしました。

そこに現れた姿は未来に向けてオオカミ復活の基礎知識となるものと確信しています。未来を担う世代に手渡すべき自然には頂点捕食者の存在が不可欠であると、一人でも多くの人に理解していただけることを願っています。

 

 

 

 

2020年5月16日 (土)

1960年「緑の世界仮説」とは何か③~「共生」と「棲み分け理論」」

 

「緑の世界仮説」の最後の段落には、種間競争をテーマにした研究が列挙されています。

 

「肉食獣の間では種間競争への明らかな適応は一般的ではないが、生息地から相互に排除しあうという形での活発な競争は、扁形動物(Beauchamp and Ullyot,1949)やサンショウウオ(へアストン,1951)の事例で記録されてきた。最も一般的には種間競争の結果はニッチの多様性という形で実現する。」

 

「これ(ニッチの多様性)は鳥の事例(ラック,1945;マッカーサー,1958)、サンショウウオの事例(へアストン,1949)、その他の捕食者グループの事例で記録された。動物の特異性の一部は種間競争の影響によるものだという可能性はかなり高い。」

 

「それに匹敵するくらい重要なことには、密度依存の例外が食植者の間では頻繁に発生するということである。バッタの事例(バーチ1957)、アザミウマの事例(デヴィッドソン、アンドレワーサ1948)はよく知られた例である。さらに、食植者の間で、資源競争ではなく共生の事例が例証されている。バッタ(ロス、1957)、チャタテムシ(ブロードヘッド1958)などの例である。」

 

「後者の事例では、共生とは主として食べ物と生息地が異なっていることによるのである」

 

アメリカでもやはり身近な動物が研究対象である時代でした。大型動物のフィールドワークが数多く形になっていくのはまだもう少し時代が進んでからになります。そのなかでロイヤル島やアラスカでオオカミの研究が進んだのは稀有なことでした。

 

ここで連想するのは日本の生物学です。アメリカで昆虫や水生動物が対象になっていたのと同様、日本でもごく初期の生物学は身近な河川周辺が調査フィールドでした。こうした研究環境のなかで今に名前の残る成果をあげたのが今西錦司、可児藤吉の「棲み分け理論」。1933年、対象となったのは水生昆虫の「カゲロウ」です。

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1960年「緑の世界仮説」とは何か②~草食動物と捕食者は異なる栄養段階にあり個体数調節の機構も異なる

 

 

本論はちょっと長いので、訳して半分くらいに要約したのが以下です。かなり意訳、超訳しています。まず全体をご覧ください。

「この小論の目的は、多くの生物群集の個体数調節のパターンを論証することである。」と最初に目的を提示しています。

 

  • 一般には植物は豊富である。草食動物によって緑の植物が明らかに減少していること、大規模な気象上の大災害による破壊という二つの現象は例外である。全体として考えれば生産者(植物)は必要とする資源の枯渇によって制約される。たとえば砂漠における水のような資源である。

 

  • 草食動物による緑の植物の減少という例は、草食動物が、人間からも自然の変動からも護られているときに起きる。カイバブ高原のシカの群れのように増えすぎるとき、げっ歯類に病気が蔓延して多くの昆虫が爆発的増加をするときなどである。通常の状況では草食動物の個体数は食糧供給によっては制限されず、その個体数をコントロールするのは天候の予期せぬ変化であると考えられてきた。

 

  • 草食動物の爆発的増加という現象はしばしば在来種よりも導入種によって起きる。天候が原因であるとすれば、侵入者が経験したことがない天候に適応して繁栄し森を枯らすことができることを考えると、その適応は通常の適応というよりは予め適応力をもっている「前適応」というのがふさわしいが、私たちはこれを受け入れることはできない。

 

  • 残る草食動物の調節方法は「捕食」である。(寄生なども含む)草食動物が増えすぎる場合、自然界での捕食者が絶滅したか、あるいは草食動物が新しい気象条件のもとで生存できる一方で彼らの天敵はそうではなかったと考えられる。

 

  • 捕食者が除去された場合の効果には膨大なサンプルがある。カイバブ高原のシカの歴史は、最もよく知られている事例である。数種のげっ歯類の伝染病の原因は、地域的な捕食者の絶滅に原因があるとされている。さらに最近、イモムシを殺すために広範囲な森に農薬を散布したため、カイガラムシの発生を招いた。カイガラムシは農薬散布の影響を受けなかったが、その捕食者である甲虫やその他の天敵はそうではなかったからだ。

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1960年「緑の世界仮説」とは何か①~同時代の日本は何を見ていたか

捕食者の役割、オオカミの生態系での役割を探求してきたアメリカの生態学をもう少し歴史的に知ろうと思い立ち、「緑の世界仮説」と呼ばれるHSS(ヘアストン、スミス、スロボトキン)の論文を日本語に訳してみようと考えました。

この論文は私がオオカミの役割に関心を持ち始めた頃には、ほとんど知られていなかったように思います。「緑の世界仮説」「HSS」という単語だけが時折出てきましたが、その内容についてはよくわかりませんでした。論文の翻訳はいまだに世に出ていないように思います。

この論文は1960年にアメリカンネイチャーという雑誌に投稿されたもので、それ以前の30年分の研究成果、思考実験、議論を経てそのエッセンスを凝縮したような結節点にあたるものだと思います。そしてHSSの一人スミスの研究室からロバート・ペインが出てキーストーン種、栄養カスケードの概念を発見する展開がその後の30年に待っています。そこでこの論文を解説をつけて日本語で読めるようにしておくべきだと考えました。

論文の原タイトルは

 

Community structure,population control,and Competition

ネルソン・G・ヘアストン、フレデリック・E・スミス、andローレンス・B・スロボトキン(ミシガン大学動物学部)

 

◆緑の世界仮説と捕食者の役割を研究してきた人たち

 

論文冒頭にはこの論文の背景にあたる状況説明があります。

 

「自然界の動物の頭数が制限される体系は30年にわたって精力的に議論されてきた。

(ニコルソン、バーチ、アンドレワーサ、ミルネ、レイノルドソン、ハッチンソン、そして後のコールドスプリングハーバー研究所のシンポジウム、1957を参照)

このテーマの重要性を否定する生態学者はほとんどいないだろう。生息数調節の仕組みは私たちが自然を理解し、そのふるまいを予言する前から知られていたに違いないからである。このテーマの議論は通常単一の種の個体数に限定されてきたけれども、二つあるいはもっと多数の種が含まれる状況であってもその重要性は変らない。」

 

「コールドスプリングハーバー研究所のシンポジウム、1957」は、参照文献に掲載されています。

 

The use of conceptual models in population ecology Cold Spring Harber sympo

 

上記のようにアメリカでは「自然界の動物の頭数が制限される体系」が、1927年のチャールズ・エルトン「食物連鎖」の発見と浸透を契機として、またはそれとほぼ同時進行でその研究土壌が整ってきたのだと思われます。HSS以前の研究とはどのようなものだったのか、オオカミ研究を中心にその進展をたどってみます。

 

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2019年10月14日 (月)

【現行日本のシカ政策と比較】1930年代アメリカの肉食獣政策

 

今回はアメリカの1930年代の政策と比較して、日本の現在の状況のどこが似ているのかを検証していきます。

  

1.セオドア・ルーズベルト大統領時代から始まる国家的根絶策

 

日本では今、シカの現在の総数に対して10年後の半減を目指しています。だから「根絶」ということではありません。しかし、10年後の5割減のためには、現在行われている管理捕獲、駆除による捕獲率を2倍にすべしと勧告しています。つまり毎年5割以上を捕獲しなければならないということです。

そしてその手段としてジビエ料理による消費を推奨し、捕獲したシカの有効活用を進めています。

進歩主義的なとも、自然保護主義ともいいにくい姿勢ですね。「昔は獲ったシカやイノシシを食べていたんだから」あるいは「獲ったシカを食べてあげなければもったいない」あるいは「食べなければ申し訳ない、食べることで成仏してもらう」という言い分ですから。

ジビエの目的に挙げられている「資源の有効活用」という点では前近代のアメリカの考え方と共通しています。

 

2.実行機関の決断と増え続ける予算

 

日本のシカ対策の主な動機は「農業被害を軽減する」ことです。

大規模化して目が届かなくなったというアメリカ農業と異なり、日本の農業は中山間地からの人間社会の撤退、産業転換による人手不足によって、獣害に対応できなくなっています。シカ害がもう少し平地に進出してくるようならアメリカと同じような状況になるかもしれません。規模の大小、拡大過程と縮小過程と違いはありますが、経済的動機という点では同じと言えます。

そしてハンターも減少しているため、現在の報奨金制度では動機付けが弱く、専門家集団による捕獲「シャープシューティング」が試されています。また自治体雇用の公務員ハンターも始まっています。

予算は増え続け、環境省の資料では、関連予算(様々な予算項目を含む)は2018年度1000億円を超え、2019年度の概算要求段階では1300億円と、さらに伸び続けています。

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2019年10月 7日 (月)

1930年代アメリカの肉食獣政策のバタバタ、あるいは日本の現在のシカ政策の現状と酷似する状況について

 

1930年代のアメリカ自然保護思想の変遷について調べていくと、対象となる獣が違うとはいえ、アメリカの害獣肉食獣対策と日本の現在のシカ対策には重なるところが多く、非常に興味深いものがあります。

アメリカの当時の状況を詳しく語っているのが

 

※「ネイチャーズエコノミー エコロジー思想史」(ドナルド・オースター著 リブロポート刊 1989年)

 

この本からアメリカのオオカミ根絶政策の経緯を抜粋要約していきます。

 

1.セオドア・ルーズベルト大統領時代から始まる国家的根絶策

 

アメリカのオオカミ対策は、民間の牧牛業者などによる懸賞金から始まり、他の肉食動物も含めて野生動物の虐殺が300年にわたって続けられてきました。その活動は1900年前後には「反自然保護主義者」によるものではなく、「進歩主義的な自然保護主義者」による「資源保護のための」政策となっていました。

「進歩主義的」な自然保護政策とは、「公有地の自然資源の効果的な管理」、つまり、公共の空間、自然資源を有効に活用するために自然資源を保護しようとする政策であり、その政策を始めた主要な人物がセオドア・ルーズベルト大統領です。彼は自然保護に理解のある大統領と考えられています。

「進歩的な」環境観を持っていたはずのこの大統領の時代(1901年~1909年)にオオカミ根絶が国の政策になりました。「害獣を抹殺し、アメリカを略奪者から守る」という公式の計画です。

 

この進歩主義的な自然保護イデオロギーの主要な担い手が1905年に森林局を組織したギフォード・ピンショー(「ネイチャーズエコノミー」では“ピンチョ”となっていますが、今一般的には「ピンショー」と読むようです)でした。彼は自然保護を「人類文明における基本的な物資政策」と定義し、「地球とその資源を人間の永続的な福祉のために開発・利用すること」、つまり「自然は人間が有効に利用するために保全する」と考えていました。このような考え方で後にヘッチヘッチー渓谷のダム建設をめぐって、ジョン・ミューアと論争を繰り広げたことは広く知られています。

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