「日本のシカ」第6章捕食者再導入をめぐる議論(梶光一)のミスリード



2017
年に梶光一氏、飯島勇人氏編で出版された「日本のシカ 増えすぎた個体群の科学と管理」東京大学出版会(2017)は、現在のシカの爆発的増加に対処するシカ管理の取り組みを紹介した本です。

現在のシカ管理が、どのような考えの下、何を目指して実施されているのかがよく理解できる労作であることは間違いありません。

しかし、第6章「捕食者再導入をめぐる議論」(梶光一)は、(彼にとっては)現在のシカ管理の対極にあるオオカミ再導入を否定したいがために、何人もの研究者の発言、論文をあえてミスリードしています。

彼の持論であるとご自身が書いているように

「社会がオオカミを受け入れる時代の到来を待つ」

なら、オオカミに関する欧米の議論も正確に社会に伝えなければなりませんし、それが研究者、生態学者の務めではないでしょうか。

が、彼はこの章で、引用文を何カ所も切り取り、彼の持論の「オオカミだけではシカの数を調節できない」という結論の根拠に都合よく使っています。これは原著論文と正確に比較すればわかるけれども、よほどよく知っていなければ、誤った印象を受けてしまうもので、あきれるほどの巧妙さです。

 いくつかのミスリードを指摘したブログ記事をまとめておきます。

 

「日本のシカ」第6章捕食者再導入をめぐる議論(梶光一)のミスリード①

 

http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2018/08/6-56bb.html

 

オオカミの研究で有名なミーチ博士の論文を引用しています。

「オオカミの生態研究で有名なミーチ博士からは、初期に発見されたオオカミによるとされるカスケード効果は人為的な影響が主要因であり、オオカミの分布とは関係がないとの論文を公表して、オオカミを神聖視することに警告を発している(Mech,2012)」

 

しかし、この論文の記述は、

「イエローストンのエルク減少の主要因がオオカミかどうか科学的にはまだ合意されていない。その問題については、仮に、他の要因がエルクの減少を引き起こしたとして、“たとえば”人間の狩猟が、同様の栄養カスケードを起こさないと考える理由はない」

というものです。

 

「日本のシカ」 第6章 捕食者再導入をめぐる議論(梶光一) のミスリード

 

http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2018/08/6-9a10.html

 

カリフォルニア大学バークレー校野生生物学名誉教授であるマッカロー博士は、2005年に知床が世界自然遺産に登録された時の記念シンポジウム(「世界遺産 知床とイエローストーン 野生をめぐる二つの国立公園の物語」朝日新聞社にまとめられています)や、2015年札幌で開催されたIWMC2015 世界野生動物管理学術会議にも参加していただいている方ですが、2005年の知床でのマッカロー博士の提言を切り取り、マッカロー博士が「現時点ではできない」と言ったのだと印象づけています。

 

「日本のシカ」第6章捕食者再導入をめぐる議論(梶光一)のミスリード

 

http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2018/08/6-d150.html

 

「リネル博士とアレウ博士は、オオカミに関する歴史的記録と近年の報告を分析して、オオカミによる人身被害の記録は膨大にあり、狂犬病に罹患していないオオカミの場合にも、特別な環境の状況(被食者の欠如、大きく改変された景観、攻撃されやすい行動に多くの人間が従事しているなど)で人身被害が繰り返し発生していること、現在はオオカミが低密度なためこのような状況にはないが、ヨーロッパや北米で、将来、人間に対する恐れを失ったり、人馴れするオオカミが出現するリスクについて注意を喚起している」(Linnell and Alleau 2016

リネル博士は、2002年にノルウェイの研究機関が行った調査の総元締めとして有名です。

その方が上記のようなことを論文にされているということに違和感があり、調べると、彼の論文アブストラクトにはこうありました。

「これらは、環境的な要因の特別な組み合わせ(野生の獲物がいない、環境の重大な改変、攻撃されやすい活動にヒトが高密度で従事していること)が関係しているので、そうしたことはもはやほとんどの地域で存在せず、現在ではほとんどのオオカミ分布地でオオカミによる攻撃のリスクは非常に低い。」

また、過去の教訓としても現在の状況としても、人馴れの可能性はあるので、その「適切な脅威評価、緩和策、および対応策の開発に慎重な検討」をするべき、と注意を喚起しています。

「出現するリスク」を警戒するのと、「適切な脅威評価を検討する」では、ニュアンスがだいぶ異なります。ここでも梶氏は、文章に含まれるニュアンスを書き換えました。

 

 

「日本のシカ」第6章捕食者再導入をめぐる議論(梶光一)のミスリード

 

http://nikkokekko.cocolog-nifty.com/wolf/2018/09/6-7a6b.html

 

梶氏は、「日本のシカ」第6章の中の「知床国立公園におけるオオカミ再導入の議論」にこう書いています。

2001年に『しれとこ100平方キロメートル運動地森林再生専門委員会議の生物相復元ワーキンググループ』は、オオカミ再導入の検討を行い、オオカミによって、高密度のシカを減少させることは困難とし、オオカミ再導入は知床国立公園において生態的プロセスを復元することに正当性を求めるべきこと、狭い知床にオオカミをとどめておくことはできないため、オオカミの復元の実現には多くの人々がそれを望む時代の到来を待つ必要がある、との意見をとりまとめている」

しかし、2002年発行の「しれとこ100平方キロメートル運動」機関誌「しれとこの森通信№5」には、「原始の再生に挑む」というタイトルで、当時の座長石城謙吉(いしがきけんきち)北大名誉教授のオオカミの復元に関するインタビューが掲載されています。彼はこう述べています。

「専門委員会議が全国に先駆けて生物相の復元を重要な課題としてとりあげ、その中でとくにカワウソやオオカミなどの復元を本格的に検討しているのは、食物連鎖の頂点にたつ食肉獣の復元こそは、原生的自然の再生という「しれとこ100平方メートル運動」の主旨にそうものと考えるからです」

 

梶氏は、「しれとこ100平方メートル運動」の専門委員会議石城座長の2002年から2005年の表明をなかったことにして消去してしまったのです。